専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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アラフィフでも「ちゃん」付けで呼び合う理由。

自分がこの歳になると、必然的に周りに集う人々も中年の男女です。
暇な専業主婦がランチなどで集うと、
「あら、フランキーちゃん、髪切ったの〜?若返ったわね〜」
「やだ!梅子ちゃん、なんか痩せたわね。抜けがけ狡いわ〜」
「松子ちゃん、今日もすごい指輪してるわね。で、それお幾ら万円かしら?」
「竹子ちゃん、それ老眼鏡?いよいよメニューも見えなくなったわね」
などと、取るに足らない話題で盛り上がるものですが、先日のランチ会で皆んなの顔をみているうちに、ふと思ったのです。
(私達、もう立派にオバちゃんと呼ばれる歳なのに、まるで小学生のようにちゃん付けで呼びあってるわ。。。これって側からみたら気持ち悪くないかしら⁉︎)



このお友達たちとのお付き合いはまだ15年そこそこ、つまり知り合った時はすでに全員がアラ40に近い年齢であったのです。
最初は遠慮がちに苗字に「さん付け」で呼び合っていた記憶がありますが、いつしか「ちゃん付け」に変わっていました。
これはひとえに距離が縮まった現れなのでしょうか?
いや、親しければわざわざ「ちゃん付け」しなくても呼び捨てでいいではとも思うのです。しかし、呼び捨てというのはなかなか勇気のいることです。
なんとなく遠慮がないというのか、なにを言っても私のことは理解してくれているわよね!そんな近しい空気を感じます。

子供の頃や学生時代からの友達で、その頃の延長での呼び捨てなら簡単ですが、十分に大人になってから、しかもそれが元々は子供がらみの主婦友達となると、相手の腹の底までは読みきれる関係ではありません。
大人になるということは、歩んできた人生もそれぞれ、背負っているものもそれぞれ、そこにはあらゆる格差が存在します。どこにどんな地雷が埋まっているのかわりません。
ほんの些細なことが命取りになる、そんな可能性をはらんでいる儚い関係なので、一歩間違えば誰がどこで牙を剥くか、常に身構えている必要があるのです。
こういうと、そんなのは真の友達といえないわ!などと思う方も多いでしょうが、こんな緊張感を持ちながらも楽しくお付き合いできるのが『専業主婦』というものです。

よくよく考えてみたら、そんな関係だからこその「ちゃん付け」なのかもしれません。
呼び捨てにするには遠慮がある、しかし「さん付け」では距離があり過ぎる。。。
つまり近からず遠からず、一番無難なのが「ちゃん付け」ということなのです。

放射状に広がる目尻のシワ。
ガチなほうれい線。
海よりも深い眉間の縦皺。
3日前に買ったシワシワになったイチゴのような頬に広がる涙型の毛穴。。。
お互いにそんな顔を見ながら(◯◯ちゃんなんて年齢じゃなかろうが‼︎)と心の中で思いながらも、見て見ぬ振りをして、お互いをちゃん付けで呼び合う私達。
きっとみんな分かっているのです。
わざわざ店の奥の奥の席や個室を予約するのは、明るい陽射しに年齢を露わにされるのを避けるため。
どんなにお金をかけてメンテナンスしようが、金銀で飾り立てようが、自分たちがすでに「ちゃん付け」にはそぐわない容姿になっているということを。。。
それでもお互いによき関係を保つために、私達は今日も何食わぬ顔をして、「ちゃん付け」で呼び合うのです。

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