専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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『雨ニモマケズ』宮沢賢治さま、今ならあなたの心がわかります。。。

夏です。夏といえば読書です。
我が家には学生が二人いますが、普段はスマホにかじりついていてかつての学生に比べる読書量は格段に少ないでしょう。
「だからこそ、長い夏休みこそはしっかりと読書をする大チャンスなのよ‼︎」と、そんな偉そうなことを言いながら、自分は録画しておいたドラマなんぞを観ているのですがね。
そんな時、間に挟まっていたCMから宮沢賢治の詩が聞こえてきました。。。

宮沢賢治

あまり好みではありませんでした。初めて読んだのは定番『銀河鉄道の夜』ですが、これ一冊でもうダメだわ。。。と、若き日の私は宮沢賢治をギブアップ。
なにが受け付けなかったかといえば、あまり真面目ではなかった私にとって、この優等生的な思想はツッコミどころ満載、茶化しまくりで、ちっとも内容が頭に入ってこなかったのですね。若い頃って反逆精神の方が素敵に見えるお年頃ですからね。
そのかわり太宰治や三島由紀夫、坂口安吾などには思い切り食いついていきました(若さゆえ。。。)。
今から思えば、宮沢賢治のような作家の作品こそ、若いうちにたくさん読んでおけばもう少し心優しい人間になっていたかもしれません。


『雨ニモマケズ』

説明不要なほどに有名な宮沢賢治による『雨ニモマケズ』です。
(原文は漢字とカタカナですが、読みやすくしてみました)

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫な体をもち

欲はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きしわかり
そして忘れず

野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
苦にもされず

そういうものに
わたしはなりたい

昔読んだ時は(なんじゃ、これ?)としか思いませんでしたが、アラ50だからこそわかります。
自分が近年、薄ぼんやりと思い描いている理想の生活がこの詩の中にあるということが。。。

理想的心持ち

強い体
雨が降れば低気圧の影響で「体調悪いわ〜」と嘆いたり、風が吹けば後ろから吹き上げられる風に髪をかき乱されキリキリしたり、雪が降っては寒いとこもり、夏に至っては暑くてこれまた外に出るのも億劫になり冷房漬け。。。もう負けっぱなしです(笑)
しかし、もしもこの詩のようにどんな季節も天候にも負けない強い体があればどんなにいいかと思うのです。
欲は持たず
わかります。欲さえなければこの世はどんなに生きやすいか。この年齢になると若い時にあったような様々な欲は大方消滅するものです。ただしこれはマテリアルに関してです。大きな家が欲しい、いい車が欲しい、宝飾品が欲しい、素敵なドレスが欲しい、そんな欲のことです。私も今はあれこれ欲しいとは思わなくなりましたが、まだまだ消えない欲はあります。
食欲です。美味しいものが食べたい、こんな欲に頭の中の90%は支配されているのではないか?と思うほどの食欲です。ケンジは「玄米四合と味噌と少しの野菜」と言っておりますが、さすがに味噌と少しに野菜をおかずに4合もの玄米など食べられませんので、ここはちょっと理想からは外れますね。ただ、質素にしましょうねという点ではそうありたいと思いますが。
怒らず
これは激しく同意です。私は怒りん坊な生活を長年続けてきましたが、「怒らない!」と決めてからは本当に生きやすくなりました。怒りというのは本人が自覚できていないだけで大きな負のエネルギーを身体中に抱え込んでいるのです。怒ることなく心穏やかに暮らすこと、これは本当に大切なことです。
いつも静かに笑っている
怒ることをしなければ自然と心が穏やかになり、どんなことにも余裕を持って微笑んでいられるようになります。笑うことは楽しいものです。私の場合は静かにというよりは、涙を流して大笑いといった感じなので、これからは静かに笑ってみましょう!
奉仕の心
ケンジは人のために尽くすことが好きなのでしょうか。『銀河鉄道の夜』でも自己犠牲のようなことが書かれていた記憶があります(すみません。。。おぼろげな記憶で)。
自分を勘定に入れることなく、病気の子供の看病をしたり田んぼ仕事を手伝ったり、励ましたり、喧嘩の仲裁をしたり、結構大忙しではないですか!?
そこまでは出来ずとも、せめて身の回りにいる人のお役には立ちたいという気持ちは少しだけあります(少しですみません)。
ほめられもせす、苦にもされず
毒にも薬にもならない存在ということでしょうか。さすがにデクノボー扱いは(はぁ?)と思いますが、私は承認欲求の極めて低い専業主婦ですので、べつに褒められようとも思わないですし、人にご迷惑をかけない(苦にされない)存在なら、それが一番心地よいように思えます。

まとめ

若い人にはまだまだ必要のない、というより必要として欲しくない詩ですが、私のような人生の折り返し地点を過ぎた人間にとっては、まさに第二の人生の指針になるような詩です。
こんなふうに生きていけたら、きっとストレスもなく、日々の生活に幸せを感じながら、ゆるりと生きていけるのでしょうね。

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