専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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お金持ちのメンタリティーに知る。プライドなんて持ってるから億万長者にはなれないのね、というお話。

先日、知人からお仕事のオファーがありました。こんな専業主婦にお仕事を依頼するだなんて物好きも世の中にはいるものなのね。。。と思いましたが報酬も悪くありません。お金が大好きな私も少しは心が揺れたのですが、ちょっとお仕事の趣旨が自分の意思に反する部分があるのよね。。。と、迷った末に生意気にもお断りすることにしました。
そんな話を別の知人になんの気なしに話したところ、
「なぜ、その仕事を受けなかったんだ!愚か者めが!!!」
と、かなりお説教されてしまいました。。。



プライドよりも実績

ありがたきお説教をしてくれた知人であるAさんは、40代になったばかりでありながら、もういつリタイアしてもいいというくらいの資産を持っている方です。20代の頃には既にビジネスで成功を収めていたという天才君なのでちょっと普通ではないのですが、いつもとてもためになるお話を聞かせてくれる人なので、きちんとアドバイスは受けることにしています。
そんな人から激しくダメ出しをされると、いくらマイペースな私でも気持ちがグラグラ、ワサワサしてしまうものです。
私、基本的にはどんな偉い人になにを言われても、自分の意思に反することはしない主義です。しかし、若かりし頃は仕事をする基準は「お金」でした。とにかく報酬額と労働量、時間を天秤にかけながらやるお仕事を決めていました。お仕事の内容は二の次というわけです。
しかし今は違います。
お気楽な専業主婦だからこそか、はたまた年齢のせいか。人生の折り返し地点を過ぎた頃から、お金のために節操のないことはせずに、自分のためにも人のためにもなることをしよう!と優等生的な考えに転じたのでした。
今回もその意思に従ってせっかく声をかけてくれたお仕事のオファーをお断りしたのですが、Aさん曰く、、、
「そんなくだらないプライドが君の人生を停滞させるのだ!!」
と、アラ50の専業主婦に向かって言うのです。
これからビジネスを起こしガンガンと攻めて行こうという若者に向ける言葉ならわかりますが、こんな中年になにを言っちゃってるんだ!?という感じです。。。
ところがAさん、専業主婦だろうが中年のおばちゃんだろうが、関係ないといいます。
「まずはキッカケがあり、それを掴み取ることで実績が生まれる。実績があればその先に続くものが出てくる。それは君の人生を変える出来事になるかもしれないのだ!」
「いや〜、人生変えようだなんて、今更考えないわよ」
「億万長者になりたくないかい?」
「!!!!なりたいですとも! もちろん!」
と、即答しましたが、どう考えても現実的ではありません。どうやったらこんな中年女が億万長者になれるっていうのよ!と、爆笑ものですが、Aさんは本気です。
「まずは1円からだ。1円でも儲けることができれば次は10円、100円、1000円。それが億万長者への道だ!」
ん〜。。。理屈も言いたいこともわかりますが、この年齢になると、そんな精神論で言いくるめることはできません。

阿漕な商人精神

確かに言っていることは間違っていません。
実績がなければ信用を得ることもできませんし、実績を積み重ねていくことでビジネスが成長していくというのもわかります。
でもでも、その実績の「質」こそ選ぶべきなのでは?人のためにならないまでも、せめて自分の意思に沿った仕事を選ぶことのほうが大切では?
と、そう考える私はダメなんだそうです。
「仕事を選ぶだなんて、つまらないプライドだ!!どんなことでもいい、やったという実績を作れ。話はそこからだ!」
実績を作るまではプライドなど成功を邪魔する無駄なものだと言います。たとえそれが誰かの不利益になるようなことでも気にする必要はない。とにかくなにふり構わず実績を作ることを第一の目標にする。それくらいの気持ちを作れなければ成功などできないよと。。。
あゝ、やはり私とは違います。ありえないくらいのお金を稼ぎ出す人って、時代劇に出てくる越後屋さんみたいに阿漕(あこぎ)になれる人なのです。プライドすら言い訳だと切り捨て、自分の利益のために一直線!そんな人だからこそ成功するのですね。
プライドとか自分の意思とか、人のためだなんて綺麗なことを言っているうちはダメみたいです(笑)

足るを知る

Aさんの言うことが本当だとしたら、自分のプライドを捨てられない人は大成しないということになります。
現に若い頃の私はお金を稼ぐこと、贅沢をすることに貪欲だったせいで、今よりもずっとリッチな生活を送っていました。今は夫の稼いでくるお金だけで家族4人暮らしているので、当時のような贅沢三昧は当然できません。Aさんからすれば、そんなかつての欲を捨て去ってのんびりしている私が歯がゆく見えるのかもしれません。
それでも私は幸せなのです。「足るを知る」ではありませんが、普通に屋根のあるところで寝て、好きなものが食べられて、家族みんなが健康であれば、それが一番なのではないかと思っているからです。
もしも私が昔のようにお金のためにガンガン働けば、かつてのように贅沢をするお金は入ってくるでしょう。でも、もはやそんな欲は消えてしまいました。もちろん億万長者になったら嬉しいけれど(妄想レベルで 笑)、それと引き換えに今持っているものはなに一つ手放したくありません。
非常にありきたりな言葉ですが、贅沢三昧な生活よりも家族の健康や幸せ指数が一番重要なのです。
子供達にあれもしてあげたいこれもしてあげたい、自分もあれがしたいこれが欲しい、老後は夫と悠々自適な生活が送りたい!そんなことばかり考えて、お金のためにあくせく暮らすのは嫌なのです。考えたことがすべて実現すれば素晴らしいでしょうが、そのために心苦しい思いをするなら諦めたほうが気楽です。
これは今の私が普通に暮らせているからこそそう思うのかもしれません。何が何でも手に入れたいもの、お金がなければどうにもならないという状況になればまた変わるでしょうが。。。

お金かプライドか?

お金かプライドか、よく聞く言葉ですがなかなか難しい問題ではあります。お金に不自由していなければどちらでも好きな方を選択できますが、食べていけないほど困窮していたら、誰でもプライドなどかなぐり捨てるでしょう。プライドだけではお腹は満たされませんからね。
生きていくというのは、正しいことだけしていればそれで幸せになれるというものではありません。時には自分の意思に反することや周りから反感を買うようなこともしなければいけない場面があります。そんな時はプライドなどと生ぬるい事は当然言っていられませんし、人のことなどケアする気持ちも持てないでしょう。
しかし、少なくとも今の生活に満足している状態で自分の意に反することをする理由もありません。



稼げればそれでいいのか?

かつて、自分の大切な友人関係までもビジネスに利用し、自分だけが利益を得るというタイプの人間が周りにたくさんいました。
人を騙しているとまではいいませんが、自分が稼ぐために都合の悪い事実を隠して友人達を利用していくというものです。それが良いことだと信じて協力した友人達が、のちに真実を知り離れていき、結果的にビジネスも衰退していったという例をたくさん見てきました。
最近ある方のウェブページを読んでいて、それを思い出すようなことがありました。
とてもしっかりした方が書いているのだろうなと想像できる、とても感じのよい記事ばかりで、私もお勉強のためにとたびたび覗かせていただいていましたが、どうも最近様子が変わってきて、見に行くのをやめてしまいました。
というのも、その方の広告との関わり方が、最近どうも変わってきたなと感じたからです。今は多くのウェブサイトに広告が掲載されています。私のブログにさえそうなのですから、それが普通になっているのでしょう。
それ自体は「免責事項」に「自己責任で」と記載してあるので、広告を掲載するのは問題ありません。私が気になったのは、まさに「お金かプライドか?」という点です。
そこにはいつも本当によいことが書かれていました。私のようにフラフラした人間からすれば本当に立派な書き手だな。。。と常々思っていたのですが、ある頃から書かれていることと広告されていることのギャップが見え始め、ものすごい違和感を覚えるようになってきました。
決してバッシングではないのでこれ以上詳しくは書きませんが、読んだ人のためになるような上質な記事を書き続ける一方で、ものを宣伝するだけのキレイな記事を書いているというのがどうにも結びつかないわけです。
世の中色々な商品やサービスがあります。だからこそ誰しも安全安心なものを選びたいと思っています。当然のことながら個人の書くプライベートなものであってもそうしたことはできる限り考えて掲載しているものだと思います。
よい面しかないと思えばそれをそのまま書けばいいのですが、中にはデメリットになる可能性のあるものもあります。そうしたマイナス面を隠してよいところだけを大きく宣伝して人を釣るのは、かつて私の周りにいたハイエナのような人たちと全く同じだなと感じてしまったのです。
本来なら正の部分、負の部分を詳しく検証して記事にしていたいような記事ばかりだったのに、特定の広告に関しては100パーセントよいことしか書かないのは不自然に感じてしまいます。記事を見ればそこに少なくない報酬が発生しているのは想像に難くありません。意地悪な見方ではありますが、その道で成功するにはプライドなどかなぐり捨てなければダメなのね。。。と思ってしまいました。
今や大概のことはネットで情報を得ることができます。それが果たして人のためになるのか、害を与える結果になるのか、単純なものであれば判断はつくものです。マイナス面を見落としたのか、悪意などなく本当によいと思って紹介しているのか、お金のために目をつぶったのか、第三者にはわかりませんが、どんな立派な人でもプライドを捨てなければいけない時がある、またそんなふうに気持ちが動くこともあるのかもしれないと考えさせられました。

節操を持って生きたい

などと言っている私とて、例外ではありません。。。
偉そうなことをあーだこーだと言ってはみても、自分の置かれた状況でコロコロ変わります。コロコロと転がりすぎて「プライドってなんでしたっけ?」となることもありえます。
そんな可能性も心の隅に置きつつ、やはり自分の中にあるプライドは大切にしたい、お金なんかにはもう転ばないわよ!と思うのです。歳をとればとるほどに、節操を持って生きていきたいと。

件のAさんには以前やっていたワードプレスで相談にのってもらったこともあるので、私のブログの存在も知っています(日本語が読めないのでなにをごちゃごちゃと書いているのかはわかっていないでしょうが。。。)。
このブログにアドセンス広告などが掲載されているのも、Aさんの煽りに乗ったものなのですが、相変わらずあれは嫌だな〜、これは嫌だな〜とやっているので、未だにAさんが期待するような結果をお見せすることはできません(笑)
まぁ、新しいことにチャレンジする!という点では、楽しくもありますが、お金のためにやりたくもないことをやったり、これはご法度でしょう⁉︎ というようなことに手を出すようなことはしたくないという思いは変わりません。
葛藤を抱えるくらいなら、今のまま気楽な専業主婦のままで満足です。
そんな私が億万長者になるには、宝くじにでも大当たりする以外、道はなさそうですが。。。

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