専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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妻を伴い病院にくる昭和な男達にモヤモヤ。一人じゃダメなんでしょうか?

私は過去に病気をしたので、今でも定期的に二つの違う総合病院に通っています。
ご存知のとおり、総合病院って本当にいつも混んでいます。時には、待合室に座る場所もないほど人の多い日もあります。
最初の頃は私も「世の中、病に苦しんでいる人は沢山いるのね。私だけが大変ってわけじゃないんだわ!」
などと素直に考えていましたが、病院通いも5年ともなると、他のところにも目がいくようになります。

特に目につくのは、昭和オヤジ達です。側に妻を伴って来院する人のなんと多いことか。
これも院内を混雑させている一因になっているのではないかと思うのです。



最近の総合病院には、外待合と中待合(診察室前)があるところも珍しくありません。
まず、受付を済ませたら外待合で待ち、もうすぐ順番が来るとなると、診察室前の中待合で待つようにとの指示があり、そこで名前を呼ばれるのを待つというシステムになっています。
ここで問題となるのが、中待合の席です。私の通う病院では1つの診察室に対して、3人分しか座るスペースがありません。当然病院側は3人の「患者」を中待合に案内しているはずですが、それ以上の人がひしめいていることがままあるのです。
何故かというと、患者の付き添いできている人に席を占領されてしまっているからです。
もちろん病院なので、車椅子の方や一人で歩行困難な方もいます。そのような方々は例外として、どう見ても一人で待てるでしょ?という人まで家族を伴い、具合の悪い患者を立たせて、堂々と中待合の席に座っているのです。中まで入ってくるな!とまでは言いませんが、元気な付き添い人はせめて立って待って欲しいと思うのです。
このようなパターン、私が見た全員が60代、70代の男性、つまり昭和オヤジなのです。自分の妻を付き添わせて、受付から保険証の提示、もちろん診察室にも同行させ、精算から薬の受け取りまで、小間使いの如く妻を使っているのです。
妻も妻で、中待合で甲斐甲斐しく夫に飴なんか舐めさせたり、「お父さん、お父さん」とうるさいのなんの!
その「お父さん」は苦虫を潰したような顔で踏ん反り返って、怒ったように指示出しばかりしています。なんだか、男の人が女の人をぞんざいに扱っているのを見ると、本当に不快になります。
亭主然としているつもりでも、側から見たら、いい歳してあなた方は暴君小学生と過保護なそのママですか⁉︎ と言いたくなります。


そんな光景は受付でも、薬の受け取り場所でも見受けられます。
今は大きな病院の受付はどこも機械です。診察券をマシーンに挿入すると、受診の案内を表示する小さな機械と予約内容確認用紙などが出てきます。
この機械の取り扱い、多分お年寄りにとっては難解に映るのかも知れません。これまでは受付で診察券を出せば、人間がやってくれて次にどこへ行けばいいか口頭で指示してくれましたが、機械はそうもいきません。機械に表示されたタッチパネルに触れたり、指示を読んだりしなければならないので、面倒に感じるのかもしれません。
歳をとると新しいことに順応するのが億劫になるものです。それはわかりますが、時代の変化として受け入れなければどうにもなりませんからね。
しかし、病院側もそのような事を見越して、いつもそばに職員を待機させています。どんなに新しいシステムでも、必要な人には声かけをしてお手伝いしてくれるので、全く問題はないのです。
にも関わらず、昭和オヤジ達は少し離れた所に突っ立って、老いた妻が機械に悪戦苦闘しているのを、ブツブツ文句を言いながら見ているのです。
そんなにダメ出しする元気があるなら、自分でやれ!と見ていて不快になるほどです。

薬の受け取り待合でも同じような光景が見られます。
処方箋を提出するのも妻なら、電光掲示板の番号と自分の受け取り番号を、老眼を駆使して見合わせ、いそいそと薬を取りに走るのは妻の役目。昭和オヤジ達はここでも踏ん反り返って腕組みして、なんでこんなに待たせるんだ!と妻にグチグチと小言を言っています。混んでるから仕方ないんですよ。と諌める妻に理不尽にも「早くするように言ってこい!」などと要求している光景も目にしたことがあります。

もう、どこでもここでも、あれだけ文句を言う元気があって、あれこれ人のダメ出しするだけお利口なあなたなら、全部一人で出来ることでは?と思うと同時に、反論の一つもせずに言いなりになっている妻達を見ていると、他人事ながらもどかしい気持ちになります。

病院の待ち時間って、スマホを開くのもはばかれるし、本を読むのも集中できない私は、いつも暇を持て余しています。
何にもせずに周りを見ていると、そんな光景ばかり目にすることになり、いつもモヤモヤしてしてしまうのです。

逆に同じ年代の昭和女はゆうに80歳は過ぎているであろう人でも、割と一人で来院している人が多いものです。
わからないことがあれば躊躇することなく近くの人に声をかけ、昭和オヤジが妻にやらせている事を、一人で矍鑠とこなしている姿は見ていて元気をもらえます。
幾つになっても、身体が言う事を聞くうちは、自分の面倒は自分で見る!そんな気概が長生きにつながるのかも知れません。

私も病院へ行くときは当然一人です。過去に自分で歩くことも出来ず、タクシーに乗せられ、夫に病院へ連行されたことはありますが、自分で歩ける限りはいつも一人で行くようにしています。
過去に薬剤を使う検査や手術などがあり、病院側から家族の付き添いを勧められたりした事もありますが、そんな時も一人です。
手術をする際の説明や同意書のサインなど、病院から家族を連れてくるようにと言われた時のみ行ってもらいましたが、たとえ手術当日でも付き添う人はいらないと断ってきました。
だって、入院したらお医者様だって看護師さんだっているんですもの。逆に家族がいたってなんの役にも立ちません。
夫が病院へ行くときも、付き添いなんてしません。日本語の会話も意思の疎通がはかれる程度には出来るので、なにかわからなければ聞けばいいだけです。夫も私に同行を求めたりはしません。




子供達もそうですが、なんでも先回りはよくありません。まずは経験させること、そして助けが必要ならもちろん手を貸しますが、基本的に自分で出来ることは、なんでも自分でやる。それが我が家のルールです。
自分の面倒くらい自分で見られないとあっては、お互いに頼る相手がいなくなったときに苦労します。
人の人生なんていつどうなるのかわからないのです。そんな万が一の時のために、それぞれが「生きる力」をしっかりつけていかないといけません。

これは私が自分の母親との関係から学んだことです。
「老いては子に従え」と口癖のように言い、その意味を娘に依存することにすり替えてきた(今もですが)母は、まさに毒親の部類であると思っています。
実家のことに関しては、すごく複雑で根が深い問題なので、いつか改めて書こうかと思っていますが、とにかく私は自分の母親を反面教師に、何歳になっても一人で行動できるうちは、なんでも人に頼らずに自分でマネージできるような年寄りになりたいと思っているのです。

話は横道にそれましたが、とにかく病院にあれだけの人がひしめいているのは、昭和オヤジの老害もあるということなのです。
私はこんな昭和オヤジだけが悪いわけではないと思っています。それを許し、言いなりになっている妻にも責任はあります。
もしも夫に尽くすことが喜びだと感じているなら、他人がどんなにモヤモヤしようが知ったことはないといったところでしょうが、そんな妻に限って恨みつらみを溜め込んでいたりするものです。だからこそ、熟年離婚などというものが少なくないのでしょう。
恨んだり、裏で文句や愚痴を言うくらいなら、時には暴君夫に「NO」を突きつけるべきなのです。妻が先立った後も、夫がしっかりと生きていけるように教育するのも愛情の一つなのです。

どうでもいいけど、中待合の席を占領するのはやめてくれ!と思いながら書いた記事でした。

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