専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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定時で帰るのってダメなんですか? お付き合い残業とか冗談じゃないのですが。

約20年ぶりにお仕事(の真似事程度)をしてみたのですが、専業主婦をしている間に、人々の意識も働き方も大きく変わってしまったようです。
ああ、これだからストレスで病んでしまう人なんかが後をたたないのか、納得できるなぁ。。。と思ってしまいました。

私がお手伝いに行っている会社、上は60代から下は新卒の20代まで、幅広い年代の人がいます。
そこでまず気づいたのが、年寄りの方が元気がいいということ。逆に20代の社員達は具合が悪くなり欠勤、早退など日常茶飯事です。仕事量は同じなのに、なぜか若者はいつも疲れ切っています。
これはどうしてなのだろう?と、 はじめの頃は解せなかったのですが、見ているうちにその原因がわかりました。




相互監視

若い社員同士は表向き仲よさそうに見えるのですが、もう裏ではお互いに言いたい放題です。
そのうちの一つが「あの人、昨日定時で帰ったしぃ〜」という一言です。
繁忙期なので仕事は山ほどあり、だからこそ私のような専業主婦まで借り出されている状態ですが、忙しい日はセクションによりけりで、毎日みんなが残業をしなければならない日ばかりではありません。
それでも、みんなで仲良く当たり前のように残業しないと、陰口を叩かれるという、なんとも陰険な空気が漂っているのです。
言われた方もそれがわかっているのか、かなりのストレスになるようで、次に別の人が早く帰ったり、欠勤などしようものなら、お返しとばかりに「こんな日に定時で帰るとかありえない」などと、攻撃する方へ回るのです。
お互いがお互いを監視し合い、裏で批判し合い、そのかせ表面上は仲良しごっこをしているという、七面倒くさいことをやり合っているのですから、ストレスがたまって当然なのです。

老害

一方の年寄り達はなぜ元気かというと、もう働きたくてたまらないようなのですね。そこには、自分の居場所を確保することに必死という側面も見受けられます。
訳の分からない精神論を垂れながら、定年退職を迎えるその時までは、存分に働きまくってやるー!といったやる気みなぎり、もう時間などどうでもいいといった感じで、これまた当たり前のように残業しまくるのです。
これじゃ、下の人間はたまったものではないなぁ。。。と、傍観しておりますが。
若い社員達が望んでもいないのに、そんなに長い時間会社にいるのは、年寄りにも原因の一端はあります。
昼休みも早めに切り上げ、休憩すら取らずに、夜は9時でも10時でも残って仕事をしているのを当たり前とし「いや〜、昨日は11時近くまでいたよ。忙しくて参ったな〜」と、武勇伝の如き嬉々として語るのがお約束になっています。
残業する事が当然だとばかりに下の人間にもそれを期待する年寄り達。
「バブルの頃は寝ないで仕事して遊んでたもんだぜ!」
なんて「寝ない自慢」のオンパレード。同じ年代のこちらまで恥ずかしくなるくらいです。確かによく遊び、よく働きましたが、それは本人が望んでいたからこそできた事なのです。
しかし今の若者に、そういった価値観はもはや通用しません。自分たちの若い頃と今の若者を同列に並べるのは、無理があることに気づいていないのですね。
とにかく、上の人間がしっかりと休んだり定時で帰れば、下の人も帰りやすくなるだろうにと思うのですがね。
もしも忙しくて帰れないのなら、仕事のない人間は「先に帰れー」とでも言ってあげればいいのですが、仕事人間は誰もかれもが自分のようにお仕事が大好きだと思っているので、そんな気遣いは思いつかないようなのです。
このような年寄りは頭が岩のように硬いので、何を言っても無駄です。唯一の対処法は無視するに限ります。

我が道を行く人

そんな中、どんなに忙しくても絶対に定時で帰る人がいます。
もちろん彼女も陰口を叩かれまくっていますが、我関せずで「お先に〜」と5時になると帰っていきます。
彼女は非常に仕事のできる人で、自分のやるべきことは時間内に完璧に終わらせるどころか、人の3倍以上の仕事をこなしています。
見ている方が「天晴れ!」と思うくらい優秀な人なのに、ただいつも定時で帰るというだけで、バッシングされています。
やることやってるんだから構わないでしょ?と思っているのは、私も含めごく少数です。ほとんどの人が、気にくわないようなのです。
「出る杭は打たれる」というのか、人と同じ行動を取らない人を受け入れられない人の多さにビックリしてしまいます。
9時から5時まで、しっかりとやるべきことをやれば、あとは退社の時間を決めるのは自分です。
最近は、当然のことながら定時で帰る私にまで矛先が向いてきているようです。
そもそもこんな臨時雇いにまで干渉してくるなんて、どれだけネタがないのよ⁉︎ と思ってしまいますが、彼女も私もなんら責任を負う立場ではありません。
時間内に割り当てられた仕事を片付けてしまえば、お付き合い残業などする義理もありません。たとえお知人の会社でお手伝いという立場であっても、時間給諸々の契約に沿って働いているので、条件は同じです。
どんなに忙しくても、その仕事をコントロールする役割を持った人がいます。つまり責任者という立場の人です。このような人は、通常人よりも多くの賃金を頂いているはずです。それは仕事が円滑に、予定通り行われているか把握し、もしも不足があれば対処し、事が起きれば責任をとる。そのために高いお給料をもらっているはずなのです。
そんな方々と臨時雇いの私が同じ意識で働くなどというのは論外です。
しかし、周りの皆さんは違うようです。なんのポジションも権限も、ついでにお手当ても与えられていないにも関わらず、勝手に自分で責任を背負い込んで、デスクにかじりついているのです。
これではストレスも溜まり、病欠や早退も納得です。
定時で帰る人をあれこれ陰で言うのは、自分も仕事がしたくないからなのでしょう。それでも周りの目を気にして、お付き合い残業し、挙句にイライラと陰口を叩くのですから、私などは理解不能です。




その責任、誰のもの?

日本は概して権利意識の低い人が多いと感じます。
自分に与えられた権利を行使することを躊躇しているように見えるのです。これはやはり「横並び」をよしとする文化も影響しているのでしょう。
たとえ権利があっても、周りがそんな権利を利用しないのであれば、自分も。。。と。
人はそれぞれ生い立ちも価値観も違うのに、人と同じに行動しなければいけないとは、どれほどのストレスになるか、想像に難くありません。
昔から私がよく言うことですが、人目を気にして行動するほど馬鹿らしいことはないのです。
何を言われようが、直接害が及ばなければ、後ろで誰が何を言おうが関係ありません。もしも正面から言われたら、戦えばいいだけのことです。
厄介なことですが、理不尽な我慢を強いられるよりは、ぶつかって傷を負った方がまだマシです。
仕事だって誰かのためにしているわけではなく、自分のためです。

「ゆとり」的感覚

よくゆとり世代が、飲み会に付き合わないとか、仕事よりプライベートを優先するとか、ネガティブなことを言われ叩かれたりもしますが、私にとっては、ある意味それは普通のことです。
仕事や職場の人間関係よりも大切なことは山ほどあるのですから、仕事が終わった後までもお付き合いする義理はありません。
確かに仕事の仕方などを見ていると、覇気も向上心もないなぁと思う人が多く、若いんだからもっとチャレンジ精神を持ったらどうよ!と、もどかしい気持ちになることもありますが、毎日自分の子供達を見ているので、今時の子はそんなもんかな?と、納得できるところもあるのですがね。

ただ、このゆとり世代にも個人差があるようです。考えてみれば、同じ年代だからといって誰もかれもが同じではないのは当然のことです。
ゆとり世代に限らず、我々の年代でも、それは同じ。残業や付き合いの飲み会に喜びを感じている人もいれば、私のように「それは仕事ではありません。」と背を向ける人間もいます。

この歳まで生きてきて思うことは、もう煩わしいことはゴメンだわ、ということです。
皆んながどうだから、こうだからとか、もはやどうでもよくて、自分がどう感じるか、それが一番最初に考えなくてはならないことなのです。
それは私が臨時雇いだからということではありません。もしも社員だったとしても、基本的には同じだったでしょう。
それ相応の特権を与えられた管理職でもなければ、私は「定時で帰ります!」

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