専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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寿命を延ばすため、イルミネーションの下を歩く。失った若さと時を思いながら。。。

「美しい景色を見て感動すると、それだけ寿命が延びるらしいよ」

昔の遊び仲間が沖縄の海を眺めながら言った言葉です。
無人島へ向かう舟の先端に座り、透き通るような青い海と真っ白な波しぶきを眺めながら、それならば私は沢山美しい景色を見よう!と思った日からかれこれ30年経過。。。




今はのんびり沖縄の海で遊んでいられる立場でもなくなりましたが、それでも美しいものを見て感動したい!という気持ちを忘れてはいません。
そんな私が最近、寿命を延ばすために見ているのがイルミネーションです。

この時期になると、さまざまな場所でイルミネーションが点灯し始めます。
東京なら渋谷の『蒼の洞窟』や六本木けやき坂、ミッドタウンなんかも派手にイルミってたりします。
その昔は表参道くらいでしたが、今はあちこちピカピカしていていいものですね。
若い頃はあまり興味がなかったのですが、最近はなんだかイルミネーション灯る街を歩くのが好きになってきました。
「見る」のではなく「歩く」というのがポイントです。

出かけたついでや仕事の帰りなどに、一人でブラブラとイルミネーションの下を歩くと、さまざまな思いが湧き上がってきます。
単純に「綺麗だわ〜」というのはもちろんなのですが、美しさへの感動と共に、物悲しさがひしひしと心に沁みてくるのです。
若いカップル達に混じって独り寂しく歩いているせいかしら?それなら夫でも誘えばいい?
そんな想像をしたのですが、どうも物悲しさの種類が違います。

「私は何がそんなに悲しいんだ⁉︎ 」
イルミネーションの下を歩きながら考えてみたところ、その答えがわかりました!
それは失った若さに対しての寂しさだったのです。
恋人でも男友達でも、自分の好きな人と一緒に歩いてみたい。そんな思いを抱ける自分はもういません。
美しい景色を共に見て微笑み合う楽しさも、とうに新鮮味を失っています。
それらはきっと若さの特権なのでしょう。
誰かと一緒にみて感動したい!という気持ちではなく、ただ美しい景色を見て寿命を延ばしてやろう!という浪漫もヘッタクレもない自分になってしまったのです。
これが歳をとるということなのでしょうか。
「もう若い頃のように、ロマンチックを誰かと楽しむなんて発想は、私の中からは完全に消え去ったのだわ。。。」
そう考えると、たまらないほどの寂しさに襲われるのです。

これはイメージのせいもあるのでしょう。イルミネーションと言えばデートスポットの代表格です。
きっと一人で感動しながら見るようにはデザインされていないのでしょう。
おまけに夜ときたら、なおさら独りはなんとなく寂しい感じになります。
いいんですよ、独りでも。綺麗なものは綺麗なので。。。
そう思っていましたが、やはり歩くたびに物悲しさが色濃くなっていくのです。

ああ、いいなぁ。。。綺麗だなぁ。。。と、心底から思っています。ただ、そこに悲しみが伴っていたら寿命も延びないのではないかしら?
と、またそんなことを考えてしまう自分が余計に寂しくなってしまうのですがね。

二度と戻らない若さを懐かしんでも仕方ないので、強がりでも感動している振りをしながら、今年も私は寿命のためにイルミネーションの下を独り歩くのです。

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