お菓子を巡る暮らしの雑記帖

アラフィフ主婦が美味しいお菓子とともに過ごす毎日を思いつくまま綴るブログ。食、家事育児、国際結婚、ブログなど。。。

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専業主婦やパート主婦は夫に依存しているという論争について。それはお互い様ではないの?と思った件。

このような話題が世間で議論されるたびに、もう人の生活なんてどうでもいいのではないの?と思うのですが、一応『専業主婦という生き物』なので、ブログネタとして食いついてみました(笑)

この議論はあるパート主婦が夫から「依存している。離婚しても困らないように女性も働いて自立すべき」と言われモヤモヤしているといった投稿に端を発しています。

要は働かずに夫に経済的な面倒を見てもらっている女性は自立心がない怠け者といったことで、離婚したときに路頭に迷うぞ!ということのようです。

それは違う!主婦なりに家庭のために貢献しているという反対派と、夫の言うように自立心のない女性はもはやおよびではないという賛成派とに別れています。

しかし、この手の話は今時珍しくもなんともないなぁ。。。というのが感想で、あまり興味が湧きません。

夫がこのパート妻を依存しているとするのは、経済的な面のようですが、生活自体はどうなっているのでしょうか。もしも夫が家事育児、はたまた介護など家庭内の役割も担っているとしたら、それは依存と取られても仕方ありませんが、妻が家庭を切り盛りしているのなら、お互いさまです、
妻は経済的に依存している、また夫は生活のための家事や育児を妻に依存しているということになります。
つまり、どっちもどっち。
お金を稼いでくる方が上というわけではありませんから。




我が家を例に取ってみると、家族全員経済的には夫へ100%依存しています。夫がお金を持ってきてくれなければ飢えてしまうのが現実です。
しかし、衣食住に関する生活面は私が100%担っている状態なので、夫は私がいなければトイレで「トイレットペーパーがないぞ!マズイぞ!」と、アタフタするうちに、会社へ遅刻してしまう可能性もあります(笑)
また子供の学校関係など、普段忙しい夫はノータッチです。授業参観や保護者会、進学説明会、入学式から卒業式、あらゆる行事に顔を出してお手伝いするのも私の役目です。
親とは子供に対して責任を負う立場にありますが、夫はその責任の一端だけ担い(経済的)、あとは私に丸投げ状態です。
こうして考えると、お金さえあればまともな生活が営める!というのはちょっと安直です。
特に子供のいる家庭では、お金で解決できない問題は山ほどあるからです。
子育てなどはシッターや家庭教師に任せればいいのだ!という考えをする人もいます。文字通りお金さえあればなんでもできるということですが、子供というのはそう簡単に育つものではありません。
きちんとした住環境、食事や身なりを整えてあげるだけではダメなのです。
フィジカル面では問題ないでしょうが、メンタル面で親との関わりは非常に重要なものなのです。
実際にお金もあり、仕事も順調に成長しているのに、子供の問題で頭を抱えている人は多くいます。
引きこもりやニート、また犯罪を犯すなどといった極端な例は稀でも、親に悪態をつく、外で好ましくないことをしている、そして親の言うことに一切耳を貸さず、道を外れていくなどというのはよく聞く話です。

ある知人女性が「私は子育てに失敗した」と言っていた人がいました。
成人してもなお、職を転々としてまともな収入もなく、親に遊ぶお金や携帯電話料金まで負担してもらっていると嘆きます。
「もう成人しているのだから、突き放して独立させたら?」
そんな当たり前のことを言ってみたのですが、その女性は無理だといいます。
「私は仕事ばかりしていて、自分で子育てしてないの。その負い目もあって強くは言えない。しかもそれを息子自身がわかってるのよ」
はぁ〜。。。という感じです。
自分がしっかりと子育てをしなかったという思い、人に丸投げしながらも勝手にいい子に育って!と期待してきたことが間違いであったと、子育ての時期が終了したときに気づいたといいます。
側でべったりとするのがいいことだとは思いませんが、子供にとって必要なのは「安心感」です。
どんな時も何があっても、確実に自分を守ってくれる親の存在があれば、子供は伸び伸びと成長することができる!というのが私の持論です。
親子の間にも信頼感というのは必要なものです。自分が親を必要としているときに、握ってくれる手がないというのは不安なものです。その不安感がメンタルに影響を与えるのは当然のことと言えましょう。

話が子供のことに逸れましたが、子供のいる家族にとって、家庭を作る上では無視できない問題です。
この子育てを担うのは、通常であれば主に主婦の役割になります。男性はどうしても仕事優先となります。特に日本の社会では男性の方が働きやすく、なおかつ稼ぎやすいからです。女性でも男性以上に仕事が出来、高給取りな方もいますが、その場合は夫である男性がサポートする側、つまり主夫的役割を担って家庭を守っているケースもあります。
いずれにしても、どちらかが稼ぎ頭となり、どちらかが家庭をマネージする役割を請け負うことで、より効率的にしかも質の良い家庭を作れると、私などは考えています。

離婚したときに一文無しで放り出されたら生活できない! だからこそ女性も自立せよ!
そんな言葉を投げつけられることが多い専業主婦ですが、一文無しで放り出される事を回避する方法はあります。きちんと貯蓄をしておく、それに代わるものを備えておく。
もしそんな備えがなくても、放り出されたら、そこから自分の力でなんとしてでも生きていくということ。
できる仕事を探して一生懸命に働き、これまでと同じ生活をしようなどとは思わず、生活水準をどん底まで下げて頑張れば、女一人でも食べていくことはできます。小さな子供がいる場合は社会福祉をうまく利用したり、周りの友人知人に協力をお願いすることをしてもいいと思います。
丸裸で放り出すような非情な男性と結婚してしまったのは自分の選択によるものです。自分にも責任はあるのだから腹をくくって新しい生活を始めればいいだけです。
そんな風に考えているせいか、私は自分の『専業主婦』という立場が危ういものだと思ったことはありません。

なにが大切かといえば、いざという時には自立する自信と力、そして強さがあるかどうかです。



私は専業主婦を推奨はしていません。自分の娘達にもいざという時には、自分の面倒は自分で見られるくらいの力と強さだけはつけておきなさいといっています。お金というのは自由に生きるための助けになりますからね。
かといって、夫に依存してはいけない!とは思いません。主婦は夫に依存してもいいのです。しかし依存できなくなったときにもアタフタせずに、新しい自分の生活を作る腹づもりと力、強さを持っていろ!ということです。

リスクを考えて行動するのは利口なことかと思いますが、結婚する前から離婚した時の事を考えるような結婚なら、私はしませんでした。
そして、どちらかが依存している、されていると感じるような関係の相手とも家庭を作ろうとは思いません。
お互いが一つの家庭を作り、共に幸せに暮らすために、それぞれが家族にできる事をしてあげたい!そう思えるような相手と縁を結ぶことができれば、依存だなんだという言葉はどうでもいいことなのです。

結論としましては、専業主婦である私が実質夫に依存した生活をしているかと言えば、答えは胸を張って「イエス!」です。そして、夫も私に依存している面があるというのも事実。
しかし、それはなんら恥ずべきことではありません。むしろそれで円満な家庭が築けるような相性のいい伴侶を得たことを幸運に思うのみです。専業主婦を推奨はしませんが、それを望むなら好きに夫に依存した生活を謳歌すればいいではありませんか!

まぁ、それくらいの開き直りができなければ、今時悠長に専業主婦などやっていられませんよ!ということですがね。

以前、『専業主婦になってはいけない』という記事を投稿しました。
専業主婦を望む人へという観点で書いたものなので、今回の「依存しているか否か」とは趣旨は違うため、矛盾していることもあるかと思いますが、何かあるたびに気持ちがコロコロ変わる専業主婦につきご容赦願います。しかし基本的な考え方は変わっていないつもりなので、ご参考に添付しておきます。


www.hw-frankie.com