専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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日本人は嫌いだ!という外国人の心の中。本当は日本が嫌いなわけではないのよ。

外国人にとって日本の社会で生きていくことは、なかなか大変なことです。
我が家の外国人夫を見ていても、よくぞここまで頑張ってくれました。そう感服するほどです。

私が働いていた会社にも外国人スタッフがいましたが、仕事というか働くということや職場というものに対する考え方が全く違うせいで、一部の日本人スタッフから、それはそれは激しい陰口を叩かれていたものです。
そうです!この陰口というものこそ、外国人が住みづらいと思う根源なのです。

そもそも職場とは仕事をする場所です。にもかかわらず、多くの会社では周りと上手くやっていくこと、空気を読んで同調することが暗黙に求められています。
私も散々言われました(笑)

「みんなに好かれるように行動して下さい」

「職場では協調性がなによりも大切です」

「空気を読んで行動して下さい」

それに対して、仕事をきちんとやっていれば人と同じである必要はないのでは?
そんな考えの私は自然と周りの多くの同僚から敵視されてきました。
そんな中で、変わらず接してくれたのが外国人スタッフ達です。
彼女、彼等は結果だけを見ていました。例えどんな姿勢で仕事をしようが、きちんと結果を出せばそれでよしです。
ある有能な外国人スタッフは、周りの空気を読むどころか、チームでやっている仕事をさっさと一人で片付けて、サラッと定時に帰ってしまったりします(クリエイティブな作業ではなく、その時は単純作業でした)。
私も仕事が片付いたのだからめでたし!めでたし!よくぞ頑張ってくれました。そう思って気にもしませんでしたが、周りはそうではありませんでした。
勝手に仕事を進めて、あの人は自分勝手だ! やりづらくてしょうがない!これだから外国人はダメなんだよ!
そうやって、いないところで罵詈雑言です。しかし、本人の目の前では決してそれを口にしません。それどころか、「助かったわ」「すごいわね」とおだてるような事まで言っていました。
それでも陰に回ればまた悪口です。こんな様子を見ていて思ったのが、周りの思惑などに頓着せずに、自由にやっているその外国人が、実は誰よりも有能で本来の目的である「仕事」をしっかりとやっていることが面白くはない。しかし、きちんと結果を出しているから正面から意見することも出来ずに悶々とし、そのはけ口が陰口という形で発散されているのだと。

日本語が完全に理解できずとも、人は悪意のある陰口などが囁かれていれば、それを感じることは難しくありません。
件の外国人スタッフも周りから反感を買っていることは承知しています。そのせいで、ときおり私相手に

「日本人なんて大嫌い‼︎」

と、口にすることがありました。
「私も日本人よ」と笑って答えたものの、その息苦しさはとても理解できるものでした。

他の職場はどうかわかりませんが、私がお世話になっていた会社では、表向き親切な言葉を言いながら、陰で愚痴や悪口が横行していました。
人と違った行動をする人間がいれば、その人がターゲットになります。さっきまであんなに親しげに話していたと思ったら、トイレで別の人と陰口を言っているなどというのが日常茶飯事でした。
それも一人二人ではなく、かなりの人がそんな風に裏と表を使い分けていたのです。
もちろんそんな人ばかりではありません。そのような空気にうんざりして、周りと距離を置こうとしている人もいました。それでも一部の陰口を叩く人達のために、職場の空気はなんとも重苦しいものになってしまうことも珍しくはありませんでした。

「日本人なんて大嫌い!」
という外国人と話していると、決して「日本人」という人種や国が嫌いなわけではないことがわかります。
ただ、はっきりとものを言わずに笑顔で普通を装いながらも、そのくせ裏では人を非難するという「やり方」、そしてそれを当たり前のように受け入れている個々が嫌いなだけなのです。



これは大人の世界だけの話ではありません。
我が家の娘も日本の学校に通い始めてから3年も経ちますが、未だにこの裏と表を使い分けることが当たり前の世界に憤り、「これだから日本人は嫌い!」などと口にすることがあります。
また我が家の外国人夫も然りで、「誰もかれもが自分を人と同じようさせようとする。同調しない人間を見つけると排除しようと必死になる姿はクレイジーだ!」
などと、時折愚痴をこぼしたりしています。

私自身は生粋の日本人なので、日本人に対するネガテイブな意見を耳にすると、当然よい気はしません。
それでも職場や学校など、仕事や勉強という目的がある場所において、同調せよ、空気をよめ、などと強制されるのは受け入れがたいことです。
人生の半分以上の時間を外国人コミュニティー中心で生活しているせいで、私自身の感覚がおかしくなっているのかしら?と、考えることもあります。
しかし、考えれば考えるほどに、人が生きるということは、個々が自身の幸せを追求することなのではないかと思うのです。
自分の感情を置き去りにして、他者に同調することが幸せと言えるでしょうか?
陰口に明け暮れている人達は、自分の幸せをないがしろにしているために、他者も同じように不幸でなければいけないと考えているように見えます。

自分の心を自由にするため、また幸せになるために努力をしている人は、他人の言動に頓着している暇などありません。
しかし、自分が幸せになることを諦めてしまっている人は、他者の持つ幸せが妬ましくなり、それを陰口というかたちで発散しているのでしょう。
それは、とても不幸なことです。

もちろん外国人の中にも妬みなどの感情はあります。他人への嫉妬から辛く当たったりということもあります。
ただ、日本人と違う点は、嫌なものは嫌だと言える点です。
これは娘が通っていた外国の学校でのことです。
帰りのスクールバスの中でお友達と喧嘩になった娘に、バスの窓から
「I hate you !」
という言葉が投げつけられたことがありました。
ずいぶんと激しいケンカをしたものだわと思っていましたが、翌日そのお友達がバスの窓を開けて叫んだ一言が、
「You are my best friend forever !」です。
これには私も大笑いしてしまいました。つい昨日はあんなに敵対し合っていたのに、今日は親友⁉︎
この切り替えの早さはどうしたことかと、娘に訳を聞いてみたところ、お互いに相手に対して気に入らないということを言い合っているうちに、また仲良しに戻っていたということでした。
子供の世界だからとも言えますが、お互いがお腹の中に不満を溜め込まず、「あなたのこんなところが嫌なの」「そこを直して欲しいわ」などと、陰で言っていることを本人に直接言えば、話はもっとシンプルになります。

外国人のやり方がすべて良いということではありません。わざわざ口に出す必要も、知らせない方がいいということも時にはあるからです。
ただ、陰口を言うくらいなら、本人に直接思っていることを伝えた方が、お互いによほど気持ちが荒まずに済むと思うのです。

外国人は基本的に個人主義なので、他者の考えていることを想像したり、空気を読んで行動するということをしません。
それが周りとの軋轢を生んでいることは、在日期間が長ければ長いほど強く感じられるようになるようです。
それでも長いこと日本に留まり、日本人と共に働き暮らしているのは、日本人や日本を心底嫌っているわけではないからです。
いいところも重々承知した上で、そんな愚痴をこぼしてみたくなることもあるということです。
私の見てきた外国人に限って言えば、本当に日本や日本人が嫌いだという外国人は、さっさと帰国していますからね。

「郷にいれば郷に従え」というのは確かに大切なことです。それによって友好的な関係を築くことができれば、それは外国人にとっても大きなメリットになります。
しかし、それも時と場合によります。他人の勝手なネガティヴ感情に同調する必要はありません。
それは日本人も外国人もみんな同じです。

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