専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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卒業=自由の獲得!卒業式で泣けないのは冷たいからではなく、希望に溢れる喜びが勝るからなのです。

「ああ、卒業式で泣かないと、冷たい人と呼ばれそう〜」

女優である斉藤由貴さんが歌った『卒業」という歌の歌詞の一節です。

最近、娘の卒業式に参列しました。その際に号泣する同級生たちを尻目に、一滴の涙もなく満面の笑顔でいる我が娘を見て、そんな古い曲を思い出しました。



思い起こせば、自身の卒業式も泣くどころか、卒業できることが嬉しくてニヤニヤ笑いを止めることができませんでした。
元々学校の中のお友達より外のお友達と付き合うことが多かったので、級友と別々の道へ進む寂しは感じませんでした。
恩師との別れも、これまた尊敬出来るような先生との出会いにも恵まれなかったため、寂しいどころか口うるさい大人達からようやく解放されることが嬉しく仕方ありませんでした。

そんな卒業式で泣かない私は、斉藤由貴さんの歌の如く「冷たい人」と呼ばれていたのかどうかはわかりませんが、群れを嫌う人間が無理矢理群れに押し込まれて数年間を過ごすのです。これは苦痛以外の何物でもありません。
もちろん学校でも、楽しいことはありました。気の合うお友達もいましたし、それなりに楽しく過ごすこともできました。
しかし、それ以上に大人(先生)の決めたルールやスケジュールにのっとり1日を過ごすというガチガチに管理さた日々が窮屈でたまらなかったのです。
卒業はいわばそんな日々から解放される日であったのです。
これまた古い歌ですが、今は亡き尾崎豊さんの『卒業』という曲。学校の窓ガラスを壊して回っちゃうという有名な曲です。それにもあるように、

「早く自由になりたかった(中略)この支配からの卒業!」

私にとっての卒業とは、まさにこのような意味であったのです。だからこそ、泣くなど想像もつかないことでした。
しかし、中には「卒業なんてしたくない!」と友と抱き合い大号泣している級友もたくさんいました。それを見て、自由になるのが嬉しくないのかな?と不思議に思ったものです。




さて、我が家の娘ですが、そんな私の思い出を話して聞かせた訳でもないのに、やはり私と同じような心境だったようです。
遺伝とは恐ろしいものだとつくづく思ったりもしましたが、きっとこんな私が育てた子だから同じような思考になったのかも知れません。
卒業式後に級友達が謝恩会へ出向く中、娘は数人のお友達と伴って「子供だけの卒業祝い」に出かけて行きました。
美味しいものを食べて、ピアスを開けたいというお友達の耳に穴を開けてあげ(娘は幼い頃から穴あり)、自由になった身の上と輝かしい未来に中二病さながらの夢を語り、楽しい時間を過ごしたようです。

謝恩会に出席しないなど「あり得ない」と、周りからは散々出席を促されたようですが、在学中に散々大人の打算や狡さを見せられたことにうんざりしたため、感謝の気持ちを伝える謝恩会など参加する気にはなれないと、頑なにお断りしたそうです。
なんとも青臭いな〜と思いはしましたが、感謝の気持ちもないのに無理矢理作り笑顔で参加させる気にもなれないので好きにさせることにしました。
私はといえば、ご挨拶したい先生方もいましたので参加してきました。
我が子のいない謝恩会に親だけ出席⁉︎と、これまた先生方や周りの保護者からは不思議がられましたが、娘も私も個々の人間。同じことをする必要はありません。
私が常々子供達に望んでいる「自分が思う人生を生きる」その第一歩ということです。

普段は着ないかしこまったスーツを着て、パールのアクセサリーだけというシックな装いをするのも案外楽しいな〜と思ったりもしましたが、やっぱりとても疲れました。

ちなみに我が家の外国人夫も珍しく参加したのですが、娘が高校を卒業するという感慨よりも、式で一同が一斉に「起立!」「礼!」「着席!」とするのを見て、「まるで軍隊のようだ!訓練されていないのにすごいぞジャパーズ!」と、妙なところで感心していました(笑)

何はともあれ、自由を獲得した娘は受験ストレスで出来たニキビもキレイに消え、輝くばかりの笑顔で今日も遊びに出かけました(笑)

若いって素晴らしい ‼︎



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