お菓子を巡る暮らしの雑記帖

アラフィフ主婦が美味しいお菓子とともに過ごす毎日を思いつくまま綴るブログ。食、家事育児、国際結婚、ブログなど。。。

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独りになりたい時は部屋にこもるよりも街を歩く。疲れた心は孤独に癒される。

誰だって独りになりたいことはあります。
疲れ切って何も考えたくない時、頭が混乱していて冷静になりたい時、日常の生活から逃げ出したくなるような気持ちになった時。。。

幸せに暮らしてはいるけれど、どんな人にもそんな心境になることはあるはずです。

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普段は能天気に過ごしている私のような人間でも、時折溜息が漏れるような心模様の時があります。
そんな時、私は一人でふらふらと街を歩くことにしています。
場所はどこでもいいのです。人がたくさん行き交うような街であれば、渋谷でも表参道でも銀座でも新宿でも。とにかく見知った人に会う可能性が極めて低い、またそばを通ったとしても気づかないくらいの雑踏であれば。



専業主婦は普段家に一人でいるのだから、わざわざ街へ出なくても、いくらでも「独り」になれる時間はあるとお思いでしょうが、これはちょっと違うのです。

「一人」と「独り」の違いというのでしょうか、物理的に「一人」になる事と、「独り」を実感することは別物です。
どうしたものか、私は物理的に「一人」でいる時よりも、自分のことを知る人が誰もいない雑踏の中にいる時の方が独りを感じることができます。

独りでゆっくりと歩きながら、通りの店を覗いてみたり、すれ違いざまに見知らぬ他人に目をやったり、特になにか考えることもなく、ただ頭を空っぽにし空虚の中に自分を投げ込むように歩くのです。

それで心が晴れるかといえば、そういう訳でもないのですが、あらゆることに諦めがつくような気がしてくるものです。
諦めた後にきれいさっぱりと、自分の抱えていたものが消えていくこともあれば、一瞬は遠去かったと思っても日常に戻るとまたすぐにぶり返してくることもあります。

たとえ少しの時間だけでも、漠然とした憂鬱を押しやって、心を解放してあげることは、少しの慰めになったりするものです。

なにもしなければ気持ちも状況も変わりません。しかし人にはなす術もない時というのがあります。そんな時、ただ悶々としているよりは「独り」になって歩くこと、つまり何かしら行動する事が出来ていると感じられることが大切なのだと思うのです。

出口の見えないトンネルの中にいるような時、そこで立ち止まるのではなく、とにかく独りで歩くことが救いになることもあるということです。

孤独といえばネガティブなイメージですが、時にに癒しになる事もあるのです。