専業主婦という生き物

〜フランキーの日常茶飯〜

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面倒くさがり屋の人は国際結婚しない方がいい。あるお食事会で感じた英語とか外国人とのお付き合い。

先日、外国人夫からまたしても面倒な要請がありました。
「◯◯さん夫妻からディナーに誘われてるから時間を空けておいて下さい」

嗚呼、またか。。。なんでいつもいつも私が同行しなければいけないのかしらん?
そんな思いにかられ、少しの抵抗を試みたりします。

「それって私が行かなければいけない?あなた一人じゃダメなの?」

「あちらは是非あなたに会いたいと招待してくれているんです!」

「どうして?会ったこともないし、私のことも知らないのに何故会いたがるの?私ってそんな有名人⁉︎」

「それは、あなたが私のワイフだからです」

「つまらない答えだわ。。。」

「夫婦とは一対なのです。だからワイフであるあなたを知ることは、私を知るということになるのです」

「いい大人なんだから、一人の人間として付き合えばいいじゃないのさ!あー面倒くさい!」

「ディナーは銀座◯◯の高級中華だそうですよ。あなたは最近、中華料理にハマってましたよね?」

「まぁ、そうだけどさ、人に気を遣って食べたところでね〜」

「北京ダックあります」

「、、、、、」

「小籠包が絶品らしいです」

「、、、、、」

「フカヒレが美味しいそうですよ」

中華にハマっているとはいえ、自腹ではなかなか足の向かないお店です。もう頭の中では「どうしよう」の嵐。
夫関係の会食は面倒だけれど、美味しいものは食べたい。。。

「わかりました。同伴いたします」

食欲に完敗です。
夜の外出はしない主義ですが、胃袋からの指令とあれば、従うしかありません。。。



国際結婚などしていると、どうしても夫婦で行動しなければいけない機会があったりします。
例えば外国人夫関係者とのホームパーティーや、今回のようなディナーなどへのお誘いです。
そういった集まりが大好物だ!などという友人などは、もう嬉々としてお洒落をして出かけるわけですが、どちらかといえば嫌いだわ。。。などと思っている私からすれば、これはかなりの苦痛になるのです。
それがカジュアルな集いだとしても、見ず知らずの人達と母国語ではない言語でコミュニケーションをはかるなど、どんな罰ゲームだ⁉︎ と思うほど脳味噌も気も遣わねばなりません。

私も若い頃は皆んなとわいわい食べて飲んで騒いでといった場をそれなりに楽しんでいました。しかし今は夜遊びやそれに伴う社交にも全く楽しみを感じないのです。
出来ることならば避けて通りたい!と常々思っています。

その理由は早寝早起きの徹底によって、夜の外出が億劫になったことが一番。

二番目は夫の友人、知人、仕事関係者など、自分とは関係のない見ず知らずの人達に気を遣うのが面倒。

そして三番目の理由が英語を話すのが面倒。

つまり、「面倒くさい」ことは「億劫」だということです(笑)

さて、くだんの食事会ですが、招待してくれた方に手土産を買い、指定されたお店に行くと、5組のカップルで10人もの大所帯。
日本人は私も含めて2人だけ。あとは皆さん、お国は違えど外国の方々です。これだけの人がいればとりあえず笑って頷き食べていればいいだろうと、ちょっと気楽になりました。
「私、美味しいものを食べると無口になるんですの。エクスキューズミ〜」
などと開き直り、運ばれてくるお料理に舌鼓を打っていた訳ですが、ふと斜向かいにいる30代と思しき日本人妻に目をやると、ボトックス何本打ちましたか?というくらいに硬直した作り笑いで、それはそれは居心地悪そうにしています。
食事もポツリ、ポツリと口にするだけ。時折隣に座るパートナーに助けを求めるような視線を送っていますが、そんなことは御構い無しに、その夫も周りの外国人達もノリノリで機関銃の如く英語で話しまくっています。

なんだか大変そうだわね〜などと思いながらも、私は次から次へと出てくるお料理を黙々と、たまに「おいしい!」「ラブリ〜」などと単語コメントしつつ、食べることに集中しておりました。
これはアラフィフにもなる図々しい専業主婦だから出来ることなのかもしれません。
もはや人に好かれようとか、夫の株を上げるために内助の功を発揮しようなどという気はさらさらありません。
しかし、その日本人妻はまだまだ初々しく、必死で皆んなの会話の輪の中へ入ろうと頑張っています。
気持ちはよーくわかるのですが、こんな場面でいくら頑張っても、自分に対する評価はかわりません。つまり無理してもしなくても同じなのです。それは長年の経験から分かっています。つまり、周りはそれほど気を遣ってはいないってことなのです。

さて、一通りお料理を堪能した私は良い気分でしたが、ここでその時を待っていたとばかりに、あちらこちらからあれこれと声がかかります。食べるものだけ食べて知らん顔をするわけにもいかないので、結局は会話に参加せざるを得ないこととなったのです。
割とカジュアルな集まりではありましたが、やはり英語オンリーは辛いものです。
日本語なら自然と出てくる言葉も、英語となると立て付けの悪い古い箪笥の引き出しから、あれこれと言葉を捜しださねばなりません。
ああ、こんなことなら普段からもっと英語を話しておくんだったわ。しっかりブラッシュアップしておけばよかったわ。などと、後悔先に立たずの思いにテンションはダダ下がりでしたが、とりあえず何かしら言葉を発しておけばいいわね!と、お得意の開き直りでなんとかしのいでいました。

その時、「ちょっと席替えしていいですか?せっかくなので日本人妻同士お話ししたいので」と、例の女性が隣へ移動してきました。

「英語ばかりで疲れちゃったわ」

その女性はリラックスした様子で話しかけてきました。

私とて、ここぞとばかりに話したいのは山々ですが、少し複雑な気持ちでした。彼女がどうとかいうのではなく、その場で日本語を話すのが適当なのか?と躊躇していたからです。
日本人同士なら当然日本語で話すのが自然ですが、同じテーブルに日本語を理解しない人が一人でもいたら、誰もが理解できる共通語を話すべきだと常々思っていたからです。
その日も日本語がわからない人が何人かいたので、面倒くさいわ〜と思いながらも下手な英語を駆使していたわけですが、いきなり日本語に引き戻されてか糸がプツンと切れたかのように英語を話すのがすっかり億劫になってしまいました。

外国人と結婚したからといって外国語が堪能に話せる人ばかりではありません。
特に今は日本国内に外国人がたくさん居住している時代です。日本語が堪能な旦那様であれば妻は外国語など話す必要はありません。
私のお友達の中にも、国際結婚しているけれど、日本語以外はさっぱりダメという人もいます。

「英語が堪能であれば、こんな集まりも楽しいのでしょうけどね」

彼女の言葉を聞いて、それもそうだけれど、それだけで万事オーケーでもないのよねぇ。。。とも思ったのです。

英語がほとんど話せないお友達の中には、外国人との集まりが苦手どころか、楽しいと積極的に参加している人もいます。ブロークンでそれこそ単語の羅列だけで会話に参加しているという猛者が。。。
我が身に置き換えてみても、もし私が日本語を話すのと同じように英語を話すことが出来たら、こんな集まりが楽しく感じられるのでしょうか?
夫の友人、そしてその配偶者などは自分の選んだお友達ではありません。当然、好感を持てる人達ばかりというわけではありません。
時にはアジア人に対して好意的でない人がいたり、やたら上から目線で気取った人がいたり、何故か対抗意識を燃やしてきたりするような挑戦的な人もいます。もちろん良い人も多いのですが、どんな人とご一緒することになるかは、まさにロシアンルーレットのようなもの。運が悪ければ不快な思いをすることもあるのです。

そんな状況で語学が堪能であれば、なんとか相手をやり負かすこともできて、確かに爽快かもしれません。そう考えると、やはり語学力は大きな意味を持つことは否定できないでしょう。
しかし、語学力さえあればという考えは少し違うように思います。
要は目の前にいる知らない人たちとの時間を楽しめるか? 外国語でコミュニケーションすることを楽しいと思えるのか、それが大きな要因となる気がするのです(逆に嫌な人と接した時は、戦う意欲があるか否かですが)。

昔はこんな集まりをそれなりに楽しんでいたのは、色々な人と会うことに興味があったり新鮮味を感じていたり、語学力を向上させたいという思いもあり、積極的に人と話すことに意義を感じていたせいなのです。
時に相反する意見を投げ合うこともありましたが、そんな時でさえ言葉のハンデなど意識することなく、ディスカッションする意欲や負けん気がありました。
そんな思いのなくなった今、英語力以前に気持ちがないのです。
そんなことも手伝って勉強も当然におざなり。。。
興味を失い学ぼうという気持ちがなければ、英語力も錆びついてきます。するとますます人の集まる場所が面倒になり避ける。
避ければ避けるほど機会は失われ、ますます語学力は低下するという悪循環に陥るわけです。

社交の場だけでなく、夫との関係にしろなんにしろ、「面倒くさいなぁ。。。」と思うことは多いものです。これは必ずしも言葉の壁だけということではありません。
伝えきれない、理解できない、分かり合えない、それは言葉の違いが一つの大きな原因になっていることは間違いありませんが、相手に対する「気持ち」というのが一番大きいように思います。

「ここは日本なんだから、みんなもっと日本語を学んだらどうよ!」

などと少し酔った日本人妻は言いますが、あちらの方々は微塵もそんなことは思っちゃいません。
英語こそ世界の共通語と思っているのですから、極東の小さな島国の言葉なんぞ話せても、普段の生活が少し便利になるくらいでしょと思っていることでしょう。
こちらが一言「YES」と呟こうものなら、もう「こやつは話せるな!」とみなされ、容赦なく英語という機関銃を乱射されてしまうのです。もう、気遣いも何もあったものではありません。
日本人であるこちらが気遣いと思っていることも、あちらの方にとってはどうでもいいことなのです。
私の場合、そんなわかりきったことが容認できなくなったという「気持ち」の変化が、彼らとのお付き合いを億劫に感じる原因になった気がします。

しかしながら、相手に期待できないのなら、こちらがどうにかするしかありません。
つまり「世界の共通語」を学ぶしかないというわけです。
英語が話せて損をすることはありませんが、国内で暮らしていれば取り立てて得をするということもありません。
とりわけ私のように日常会話と夫婦喧嘩程度の中途半端な英語は使い道もないのです。
そう思うからこそ、更に学ぼうとすることもなく、見て見ぬ振りをして放置してきたのですが。。。




何もしないでいるとお肌なども劣化の一途を辿るものですが、語学力も然りです。
日々の努力がいざという時に活きるもの。分かり切っていることなのに、未だに同じことの繰り返し。
のんべんだらりと暮らしていないで、しっかりお勉強しておかなければいけないと思ったものの、国際結婚なんぞしなければ余計なお勉強など必要なかったのに!と、またしても面倒な思いが湧き上がってくるのです。

出会った頃は「私、頑張るわ!」と言葉や文化の違いもなんのそのですが、人は変わるものです。元々面倒くさがりな性分であれば、何十年も経つ頃には「あ〜、面倒くさっ!」となることでしょう。

さりとて、結婚してしまったものは今更どうにもなりません。これはもう社交のためと思わずに、美味しいものにありつくためのお勉強とでも考えるしかない!と、なんとか自分を奮い立たせてはおりますが、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、今後も私は自分の英語力をどんどん劣化させていくことでしょう。

面倒くさがりな人間は国際結婚などするべきではないのです。さもなくば苦労いたします。。。
と、これが結論です(笑)

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