専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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神様に引き戻されたのか。自分のいるべき場所で生きることこそ幸せだと気づい年の瀬。

先日、夫に誘われて、あるアーティストのライブに行ってきました。
そのアーティスト自体は特に興味があったわけではないのですが、場所がミッドタウンの『Billboard』です。
ドリンク片手に素敵な音楽を楽しめるとあれば、断る理由もありません。

その夜は私にとって久しぶりの外出でした。夜に限らず、最近はずっと仕事のお手伝いに出向いていたため、お友達とランチへ行くこともご無沙汰、お買い物すら行く暇がありませんでした。
お休みの日も家事だなんだと朝から動いていると、あとは家でゆっくりしたいと更に出不精になっていたのです。
これではまるで私らしくないと、過剰に危機感を感じたのか、夫が「疲れているかもしれないけど、気晴らしに行こう!」と連れ出してくれたのでした。

久しぶりに夫とデートとなった訳ですが、これがきっかけとなり、自分がいるべき場所って、あるんだなぁ。。。と、まるで目から鱗が落ちたように気づいたのです。
自分が居るべき場所とは自分が住んでいる、暮らしている場所はもちろんですが、その環境のことです。
どんな人達と過ごし、どんな話をしているのか、何を美味しいと食べて、どんなメイクをしてどんな服を着て出かけるのか、その生活全てにおいてです。

20年近い専業主婦生活で、ここぞ自分の居場所だ!という幸せな生活を送っていましたが、ふとした時に「世の中、自分の知らないもっともっと楽しい場所があるかも?」と、思わないでもありませんでした。
元々新しい事を経験するのが好きなので、ついついよそ見をしてしまいたくなるのですよね。
特に子供達が大きくなり、一緒に過ごす時間が少なくなってくると、これまで忘れていた「自分だけの時間」というものが、突然意識されるようになり、なんだか心がワサワサし始めたのです。

そんな時、専業主婦友達とのランチ会などで、「そろそろ我々も社会復帰する時が来たようだわ!」な〜んて調子に乗って、仕事でもしたいわね〜とノリノリで行動を開始した訳です。
そんな中、念願の再就職を果たした者、結局は職にありつけなかった者、また私のように短期のお手伝いパートをとりあえず始めた者と、様々ですが、結局は全員が同じ場所に戻ってきました。
つまり、専業主婦にUターンということです。




長年をかけて構築されてきた専業主婦としての価値観や生活は、そうそう変わるものではありません。
よほど仕事がしたい!という強い意志があったり、仕事をしなければいけない状況であれば別でしょうが、ちょっとだけ生活を変えてみたいとか、そんな気持ちではどちらも中途半端になってしまうのです。そしてそれらに多少の罪悪感を持ちながら過ごすことになります。
これまでしっかりと出来ていた家庭の中のことがおざなりになり、充分に出来ないことにイライラしたり、それでもどうにかやらなければと無理をして疲れを溜めたりと、とにかく心に余裕が持てない日々を過ごすことになります。
本当に世の中の働く主婦達に脱帽です。みんなどれだけ睡眠を削っているのかと、その体力気力に頭が下がる思いです。
たかがパート仕事でも仕事と家庭の両立にこれだけ苦戦した私は要領が悪いのか、ヘタレ過ぎているのか、ほとほと自分に自信がなくなりました。

時間やルールに縛られて頑張るのは、やはり性に合わないようです。
若い頃からそうでした。自分一人で行動することに慣れて居たせいか、会社という組織で働くことに馴染むこともできず、それに加えて主婦として家庭のこともマネージしていかなければいけないのがまるで修行のように感じていました。
歳も取り、少しは自分も変わったかも?という期待も虚しく、結局は「三つ子の魂百まで」だったというわけです。

なんだかここは自分に合った場所ではないかも。。。と心の隅で感じながらも、新しいことに夢中になって直視出来ずにいた状態だったのですが、もしかしたら、ここでも幸せを感じられるようになるかも?などと淡い期待を抱いていたのかも知れません。
でも、それはただの妄想だったと、よーくわかりました。
所詮は自分が生きていく場所でなかった。仕事の場も自分が交われるような人達の集まりではなかった。そんな思いがストンと落ちてきました。

日々忙しくしていると、そんな風に自分を客観視することもなくなります。夫が危機感を持ったのは、そんなところなのでしょう。
ちょっと自分のしていることを、一歩引いて考えてみたら?と、遊びの時間を提供してくれたのかも知れません。

素敵な空間で素晴らしい音楽を聴いたり、普通だったらなかなか会えないような人と会って話をして笑い合ったり、夫と外でのんびりお茶を飲んで話したり、美味しいディナーをゆっくり楽しんだり、そんな風に過ごしていると、やっぱり私はこんな生活が性に合ってるのだなと思ったのです。
誰になんと言われようが、寄生虫呼ばわりされようが、自分の好きな人達と自由に楽しむことが幸せで、それに勝るものはないと。
これは長らく寄り道をしてなかなか帰ってこない私を、神様が引き戻したのだろうと思ったのです。いや、夫か?

自分に合わない環境に身を置くというのは、知らず知らずにストレスも溜まり、心が少しだけささくれ立ってくるように感じることがあります。
いつの間にか意識がネガティブな方へ行ってしまったり、本来自分はこんなものの考え方をするような人間ではなかったはずだわ!と、ハッとしたり。
世の中楽しいことが一杯で、明日を楽しみに生きていくことが当たり前だと信じていたのに、そうではない毎日があるということを実感したり。
そんな話を職場の人にすると、「みんな苦労してるんだから。あなたも辛抱するべきよ」と。。。
どうして苦労を当たり前と思わなければいけないの?何故わざわざ辛抱しなければいけないの?
普通なら、状況を改善するために何かするものではないかしら?と、そう思う人ばかりではないようです。逆にそんなことを考える私は大人になりきれない子供だと言われます。
苦しみを抱えながらも生きていくことが、文字通り「生きる」ということだと理解している。それが大人だといいます。
でも、そうであるなら私は一生子供のままでいいなぁと思ってしまいます。
自分が毎日楽しい!と笑って居られる場所で、苦労など感じることなく生きていけたらと思うのです。それは決して我儘などではなく、自分自身の選択によるものに他なりません。

人はそれぞれ違います。
仕事と家庭の両立などを生き甲斐に楽しめる人もいれば、そうでない人もいます。逆にどちらか一つを100%の力でやりたいと思う人もいます。
どちらがいいとか悪いとかではないのです。大切なのは自分が求める暮らしがそこにあるかどうかということです。

自分が心から心地よいと感じられる場所こそ、自分の居場所なのだなぁ。。。と改めて感じた年の瀬なのでした。

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