専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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人の死に思うこと。明日があるのは決して当たり前ではないことを知り、今日を笑って生きるのです。

師走に入ってから、身の回りで不幸な知らせが立て続けに入ってきました。
知人や親類、お目にかかったことのないお気に入りのアーティストなど、本当に自分の見知った人が、この世から居なくなってしまいました。

病気の人もいれば、自死の人もいます。どんな苦しみを抱えていたのか、みんな自分の死が目前に迫っていることを意識しながらも、誰にもそんな様子は見せなかったといいます。
もしかしたら、サインは出していたのかもしれませんが、周りの人間は誰もそれをキャッチすることができませんでした。
死というものは誰にでもいつかは訪れるものだとわかっていても、それを実感することは難しいことです。
そのせいでサインを出されても「まさか」という気持ちでスルーしてしまうのかもしれません。



亡くなった人の一人は親類の女性でした。私よりもずっと若い美しくも聡明な女性で、結婚したばかりでした。そんな彼女が自らの命を絶ったことに、周囲は驚きと悲しみを隠しきれませんでした。

「なにをそんなに悩んでいたの?」

「どうして相談してくれなかったの?」

「結婚して幸せの絶頂だったはずなのに。。。」

みんな口々にそう言いました。
死ぬことと生きること、どちらがエネルギーを必要とするのか分かりませんが、生きることがそれほどに辛かったということなのでしょう。
残された者の苦しみや悲しみは充分に理解できますが、自死を選んだ本人の苦しみもきっと堪え難いものだったのでしょう。
悲しいけれど、非難したり「どうして?」と考えることはしたくないと思いました。
もちろん自死を認めているということではありません。
人間は生きる意味があるから生きている。誰かにとって必要だからこそ生かされている。
私はそう考えているので、自分が生きているうちは、自分にとって意味はなくても誰かのために生きていかなければと考えています。
自分がここにいる意味があるなら、それがなにかわからずとも、たとえ苦しくても生きていこうと。
しかし、みんな自分と同じ考えで生きているわけではないというのも承知しています。

苦しみというのは、人に言えるうちはまだ軽いものです。本当の苦しみはそうそう人に語れるものではありません。
私は以前、大病をしたときに自分がこの世からいなくなることを初めて意識しました。死を覚悟するというのは恐ろしいものです。悲しみや諦めといった感情に始終つきまとわれ、心が晴れることはありません。
そんな心境を誰にも言えずに自分の中に抱え込んでいるのは、時に叫び出したくなるほどの苦しみを伴うものです。
なぜ言えなかったのかを考えると、家族には悲しい思いを共有して欲しくない。普段通り笑って暮らして欲しいから、自分も「大丈夫よ!」と、笑って暮らすのです。
仲の良い友人知人にもそうです。それと同じくらい同情されるのは嫌という妙な見栄のよう感情も芽生え、本当の気持ちを表に出すことなど出来ませんでした。
自死とはケースが違いますが、本当の気持ちを吐露できないという気持ちは、似たような心の動きなのではと思います。
病気のことなどをブログで綴れば、きっとそんな情報が役立つと思ってくれる方もいるかと思い、いつかしっかり書きたいと思いつつも、未だに書けずにいます。それほどに自分の苦しみを思い出したくないのかもしれません。
普段は強い振りをしていても、案外弱いのですよ、私(笑)

医学的な統計からすれば、私は今頃生きてはいませんでした。しかし、まだ私は病気をする前と同じように、元気に笑って暮らしています(笑)
運が良かったのか、生きている意味があるからこそ生かされているのか、時折考えることもあります。
自分の死を意識したときの愕然とした悲しみと諦めを思い出すたびに、今こうして生きていられることが、幸せだと感じられます。
それと同時に、人はいつどうなるかわからないという危機感も持ち続けています。
昨日まで元気だった人に、もう2度と会うことができない。そんなことも普通に起こることなのです。
だからこそ、自分のやりたいことは存分にやって、後悔のない生き方をしたいと努力しています。自分の大好きな人達を精一杯に愛して、自分も周りの人達も笑っていられるようにと、それを人生の目標にしています。
大好きな人達には「大好き」だと伝え、感謝があれば、「ありがとう」と伝え、会いたければ「会いたい」と伝え、一緒にいたければ寄り添う。そんな風に自分も大好きな人達も幸せを実感できるように暮らしていきたいと思っているのです。
逆に自分を苦しめるものからは遠く離れますが(笑)

当たり前のようにあると思っている「明日」は誰にでもあるわけではありません。突然に奪い去られることもあるのです。そう考えると、今この瞬間すらも無駄にしたくはないと思います。

この一年の終わりに、突然いなくなってしまった人達。
その人達が活き活きと暮らしていた様子を思い出すと、本当にいなくなってしまったの?と、信じられない気持ちになります。
よほど近くにいる人でなければ、自分の生活に影響があるわけでもありませんが、考えるとやはり心が重たく暗く翳り、考えずにはいられなくなります。

人は「死」というものを、なるべく心に置かぬように暮らしているものです。「縁起でもない」という言葉があるように、それを連想させるようなことは考えたり口に出したりすることをよしとしません。
私もそうです。そんなことは考えたくもありませんが、今を大切に生きていくという気持ちを一番強く意識できるのは、その反対側にある死というものなのです。

今年もあと2日で終わります。
「来年は。。。」と考えるのではなく、常に「今この瞬間を!」と生きていこうと改めて思った次第です。

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