専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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見極める事の難しさと、受け入れる事の苦しさ。諦めることを選んだある男性のお話。

少し前の投稿で「諦める」ということについて記事を書いたのですが、これにはあるきっかけがありました。

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知人の独身アラフィフ男性が「好きになった女性を諦めることにした」と口にした際にふと考えたことです。

その男性、同じ職場で働く同年代の女性に好意を持っていたことは、時折聞いていました。
本来ならゴー!ゴー!と盛り立てるところですが、問題はその女性が既婚者だということです。
誰かの奥さんとなっている人ととあっては、話は別です。専業主婦の私など気持ちは妻寄りですから、「他の人になさいな!別の人を見つけるのよ!」と、諦めを促していました。
それでも当人は、思いきれるものではないようで、悶々と悩んではどうにかならないものかと苦悩していたのです。




「アラフィフのあなたと同年代だなんて、オバちゃんじゃないのよ!」
よりによって年寄りに片思い⁉︎と、笑い話にしたり、「それは一時の気も迷いよ!」と言ってみたり、挙句には「若い子の方が老後に介護してもらえるわよ!」などと、恋心を押さえ込むようなことを必死で吹き込んでいたのです。
しかし、そんな外野の言葉も虚しく響くだけ。その想いは日毎募っていたようなのです。

その立ち振る舞いや言葉遣い、ちょっとした仕草にも、若い子にはない上品さが感じられ、ついつい目で追ってしまい、気持ちを遠去けるのは難しいといいます。

本人もいい大人ですから、既婚者に想いを抱いてもどうにもならないことはわかっています。それでも諦めることができないのは、相手も自分のことを憎からず思っているかも?という言動があるからだといいます。
だからこそ、ひょっとしていつかは自分のものになるかも?それが無理でも友達以上恋人未満くらいの付き合いをすることはできるかも?という期待が生まれてしまうのだそうです。
当然のことながら、大人としての理性をもって、お互いになにかアクションを起こす事もありません。起こしてはいけないと自制しながらも、期待する気持ちを消すことが出来ないのだと言います。

「もう、毎日のように、やっぱり諦めよう。明日からは特別な目で見ることはやめる!ただの同僚として接する!」

そう心に決めるものの、いざ相手を目の前にすると、気持ちが逆戻りしてしまい悶々と悩みながら帰宅の途につくということを繰り返しているのだそうです。
なんとも淋しくなるような話で、どうにかならないものかと思ってしまいますが、先の見えない恋に悩む時間は我々中年にはありません。人生の折り返し地点をとうに通過しているとなれば、中年女に執心しているのはもったいないことです。

「どんなに素敵でも中年女は中年女!よーく見れば至る所が劣化しているはずよ!」

自分のたるんだ頬やお腹の周りについたお肉を誇張しながら、自らの体を張って「諦めろ!」と諭してきたのですが、先日とうとう「もうきっぱりと諦めた」という言葉が出てきたのです。
あんなに心惹かれる相手には、もう二度と出会えないだろうなぁ。。。と、遠い目をしながらも、それでも「もう、終わり!なにも始まってないけど、終わり!きっぱり諦めて忘れる」と断言したのです。

その心境はどういったものか想像がつきません。報われない想いにほとほと疲れ果てたのか、こんな中年既婚女を相手にするような男じゃないぜ!とプライドを復活させたのか、もう女なんてどうでもいいと開き直ったのか。どうせ自分なんかダメだよと弱気癖がマックスに達したのか。
聞いたところでどうにもならないのであえて聞きはしませんが、なんだかあれほど「無理よ!諦めるのよ!」と言ってたにもかかわらず、いざ「諦めた」と言われると、なんだか迷いが生まれてしまいます。
まぁ、私が迷っても仕方のないことなのですが、本当にそれでいいのかしら?とも思ってしまいます。

50近くまで独身でいるのは、あなたのその弱気なせいなのよ。そう言い続けてきた身として、今度は「世の中には諦めなければいけない相手もいるのよ」と言わなければいけないのはつらいところですが、さすがに相手が既婚者となれば、「諦めなさいよ」というほかありません。

そう思う一方で思い続ける事で成就することもあるのもまた確かです。
一度は諦めて物理的に距離を置いたものの、その想いを消さずに生きていたところ、数年の後に偶然再会。その時にはかつてあった障害はなく、めでたく一緒になれたという人もいます。
ここまでくると「縁」というほかない気もしますが、この人が思い続けてずっと独り身を通していたお陰とも言えます。
そうなると、ここで諦めてしまったら終わりなのに。。。という気持ちにもなってきます。

どんなケースにおいても「諦めろ」とただ言うのは容易い事ですが、その結末はまさに神のみぞ知るところです。
結局のところ、その決断は自分自身で下さなければいけないということなのでしょう。
諦めるのは簡単な事ではありません。しかし希望のないことを望み続けるのもまた苦しいもの。
どんなに考えても正しい答えは出てきそうにありません。人ごとながら、なんとも切ないものだと思います。




こんな悩みは年齢を重ねたからといって簡単に解決できることではないのですね。
見極めることの難しさ、受け入れることの苦しさの中で、人は生き続けなければいけないのかもしれません。

とは言いつつも、この歳になってそんな悩みを抱えることのできる独身男性や、好意を寄せられる女性に羨ましさを感じる我ら中年専業主婦。
「年寄りの恋愛なんて、ちっとも美しくないわよ!」などと、強がりを言いながら、日々腹を満たすことしか考えていない己に「それでいいのか⁉︎」とも思うのでした。。。