専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

Sponsored Link

アラフィフとは女にとって最も美しくない年代ではないかと思った件。

アラフィフともなると、子供も大きくなり手がかからなくなるので、仕事をしていない専業主婦は時間がありあまっています。
そのせいか、昼時になると、そこかしこに中年主婦軍団が、ランチを楽しんでいるのを見かけます。

自分がその中の一人である時は気づきもしないものですが、若い人と一緒の時や一人の時などは、思わず目を背けたくなるようなことがよくあります。



若い女子達が数人でワイワイとやっている姿は、本当にかしましくはあれど見苦しさを感じるようなことはありません。
まるで紋白蝶が飛び回っているような賑やかさです。しかし、それがアラフィフともなれば、まるで蛾が飛び回っているような毒々しささえ感じます。

単純に言ってしまえば、それはビジュアル的な問題に他なりません。
これは一人ならまだ誤魔化しがききますが、集団になるとものすごい威力を発揮し、同じ蛾をドン引きさせるのです。

よくアラフォー女性がおばさん扱いされますが、アラフィフに比べたら、まだ可愛いものです。
この10歳という歳の開きは非常に大きなもので、同じようにお肌の皺やたるみに悩んでいても、皺の深さもたるみ具合も違うのです。
アラフォーが「劣化」だとすると、アラフィフはまさに「老化」といった感じです。
悲しいのは、見た目の「老化」とは裏腹に、中身だけはまだまだ現役とばかりに元気なところで、それがまた余計に見苦しさを際立たせてしまいます。

私もアラフォーの頃は、まだそれほど自分の見た目を悲観してはいませんでした。
化粧やファッションなど身を飾ることで多少の誤魔化しがギリギリ効く年齢だったからです。

しかし、アラフィフともなれば、それすらも通用しない事が実感としてわかるのです。
だからこそ、そんな同年代の女性を見るにつけ、なんともやる瀬無い気持ちになります。
自分の見た目をまるで客観ししていないような陽気な振る舞いが、余計に痛々しく感じられてならないのです。

若さが失われているのは、誰の目にも明らかなのに、まるで乙女のようにはしゃぎ、気取ってシャンパン片手に「私を見て!」とばかりに大声で談笑する姿を見るにつけ胸が苦しくなります。

ああ、自分も世間から見たら、あのように映っているのだな。。。

どこの誰とも知らない中年女の姿が、イコール自分自身であると、思い切り目の前に突きつけられた痛みです。



どんなに頑張って化粧をしても、お洒落な服を着ても、声をワントーンあげて話してみても、年齢を偽ることはできません。

美魔女などと言いますが、所詮は中年女。肌の質感、デコルテの美しさ、手の透明感、どれをとってももはや20年前の自分ではないのです。

これが還暦を過ぎれば、もう少し美しくなれるのではないかと思います。
さらに70代になれば完璧です。
いまピンクの花柄ワンピースなどを着たら、「頭の中までお花畑かい?」と思われるでしょうが、70歳であれば「あら、可愛いお婆ちゃん」とでも言ってもらえるでしょう。
とても不思議なことですが、中年期以降に限って言えば、若ければいいというものではないのです。

中年期とは女が最も醜く見える年代ではないかと私は思っています。
よく、「早く40代、50代という年齢になりたいです」などという言葉を耳にしますが、それは石田ゆり子さんのインスタの見過ぎです。
持って生まれた美しさや透明感に加え、長年美を生業とする女優さんであること、相応のお手入れなど、普通の中年女とはまるで違う世界の違う生き物と思った方がいいでしょう。
我々が比較すべきは、その辺を歩いている50代女性です。
そこには若い頃の美しさをすっかり失った枯れる寸前の「女」がいることでしょう。

何故こうも50代は美しくないのか?

これはひとえに中途半端な年齢ゆえなのではないかと思い当たります。
まだ「女」であることをやめられない年齢であり、かといって艶めかしく「女」でいることにも無理がある年齢という中途半端感。
白だか黒だかわからないグレーゾーン真っ只中といったところです。

そこを通り過ぎた時、艶めかしさというわずかな名残もすっかり消滅し、誰もが、そんな私達を「女」として見ることもなくなります。
「女」という土俵を降り、ただ歳を重ねた「人間」として存在するようになると、女ではなく子供と同じ扱いになるのです。
だからこそ、花柄のワンピースを着ても「可愛い!」と思ってもらえるのではないでしょうか。

そうかと言って「早く70代になりたい!」などとも思えません。
美はともかくとして、歳をとればそれだけ身体にガタがくるはず。そう思うと、美しくなくとも元気な方がいいなぁ。。。などとも思います。
いずれにしても、老いるということは、死に一歩一歩近づいているということです。

この年齢になったら、もう「女」であることよりも、「人間」としてどう生きるかを考えるべき時期なのかも知れません。



大昔で言えば、50代など立派なお婆ちゃんと言われる年齢です。生きているかすらわかりません。
そう!もう年寄りの粋なのですよ。

それなのに、「女」としての美しさを追い求めるなんぞ、自然の摂理にかなっていません!

「女」を脱して、再びピンクの花柄ワンピースの似合う「子供」へ到達するまで約20年もあるのかぁ。。。
などと思っていましたが、もはやそれどころではありません。

やはり、見た目よりも健康です。このようなくだらないことでストレスを溜めず、心身共に元気で歳を重ねることこそが、もっとも大切なことなのです。

本音を言えば、まだ「美しさ」や「女らしさ」にこだわることから決別するのは難しいですが。。。

さりとて若返ることもできません。
こうなったら、アラフィフとは醜いのが当たり前!と開き直り、自己満足に生きるしか道はなさそうです。
しかし、アラフィフ女にも多少の見栄はあります。
世間様に見苦しい姿を見せない程度の努力だけはやめてはいけないと思っています。
若作りする努力ではなく、汚く見えない努力です。若作りはかえって比較になってしまうので、もっとも避けなければいけません。
若い娘のように、二の腕や膝小僧を出せば痛々しいところが丸見えです。
醜いところは極力隠す。そしてデブらない、シワを増やさないなど、改善ではなく防止を目指す!
そして、ついでに言えば、年甲斐もなく集団ではしゃいで人目を引かぬこと(笑)

この厄介なアラフィフ時代を乗り越えるには、今のところそれくらいしか思いつかないのです。
残念です。。。