専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

Sponsored Link

ただの思いつきで海外留学しちゃったおばさんのアドバイスが凄すぎた話。

先日、都内某カフェで待ち合わせまでの時間潰しにお茶を飲んでいた時のこと。

横の席に20代半ばと思われる女の子2人、そして40半ばは過ぎていると思われるおばさんの3人がおりました。
どんな関係かは分かりませんが、どうやら親子ではないようです。

別に盗み聞きをするつもりだったわけではありませんが、すぐ横でおばさんが白熱したトークを繰り広げているので、嫌でも耳に入ってきてしまいます。

しかも、会話の端々に英語が盛り込まれているというルー大柴スタイルのトークが面白くて、思わず耳がダンボになってしまったのです(笑)




無責任なアドヴァイス

どうやら、おばさんが海外留学をしようかどうか迷っている2人の女の子にアドバイスをしているようでした。

おばさんは若かりし頃、勢いにまかせてアメリカのどこかへ行っていたようです。滞在期間は一年だったことが、会話の端々でわかります。

「海外で暮らすと度胸がつくわよ!」

「英語なんて出来なくても問題なし!」

「英語なんて1年もいれば困らなくなるわよ!」

「とりあえず、行ったもの勝ちよ!」

ああ。。。この感じ、わかります。
まさに私の年代で、掃いて捨てるほどいた海外遊学組のセリフです。

私も同じように思いつきで海外へ行ったクチなので、人の事は言えませんが、このような無責任なアドバイスはいけません。

確かにこの方の言うことは間違いではありません。しかし、それで人生が大きく変わると思うのは早合点。
このような心持ちで海外へ出た人のほとんどが、旅行に毛が生えた程度、また一時のレクリエーションという経験しか得られないからです。

私も最初に海外へ出た時は、この方のように思いつきの勢いだけでいったものでしたが、3年以上いてもその街の生活者として、末端に存在していたというだけで、人生を変えるような出来事などには巡り会えませんでしたし、いつまでたってもエイリアンという思いを払拭することはできませんでした。

もちろん外国人夫と出会い結婚したことや、まだ見たことのないものを見たり、食べたり、人種の違うへんちくりんなお友達がたくさんできたり、ちょっとワクワクするような体験はありました。

それは、大したことではないけれども、自分にとってはかけがえのない経験であったことは間違いありません。
言ってしまえば、ふらりと出た割には、なかなか大きな収穫が得られた?と思っています。
しかし、志し高き人からしたら、それだけでは満足いかないでしょう。

どんなにエキサイティングな生活も、日常になればただの生活に他ならないからです。

会社をやめて、時に自分のキャリアを捨て、ついでに恋人にバイバイし、お金をかけてまで海外へ出たのに、収穫がただ「目新しい体験」だけでは、なんだか割に合わない。。。というのもわかります。

ただ楽しく過ごせれば、私の人生上々だわ!

そんな風に思う人にとっては、思いつきで気軽に海外へ出るのはもってこいと言えましょう。
好奇心の塊のような人にとって海外は目から鱗の連続で、確実に人生が楽しくなります。

しかし、海外で徹底的に語学を学びたい、何か特別な分野で勉強したいことがある、また海外生活で何か特別なものを得たい、そんな強い思いを持っている若者に対し、「とりあえず行ったもの勝ち!」というようなアドバイスは無責任であると言えます。




語れるのは思い出だけ

そもそも、自分がしてきたことであるなら、その結果は自分が一番よく知っていることです。
その方の会話の端々から、現在は普通にパートなどをしながら、海外とも英語とも無縁な主婦生活を送っているようです。

「英語ができるなら、もっと語学を生かした仕事をしようとは思わないのですか?」

若い女の子が質問します。
もう、この質問が出てくる時点で、この女の子達が求めているのが、きちんとした留学だというのがわかります。
ただ「面白そう!」という理由で海外へ出ていこうとするような人間は、人になど真面目に相談するようなこともないでしょう。

しかし、おばさんにその意図は伝わってはいないようです。

「ちょっと海外行ったくらいじゃ、ビジネスレベルの英語は身につかないからね。無理無理!」

ほら、結局はそういうことじゃないのさ!と思う私。

ここで考え込む2人の女の子に、なおもおばさんは畳み掛けていきます。

「だからね、そうやって考えすぎるのがよくないの!とにかく行動あるのみ!」

「学校だって仕事だって、行けばどうにかなるわよ!」

おばさんはそう言います。。。

まさに、昔ふらりと海外へ出た人間が辿る王道です。。

確かに授業料さえ納めれば入れる語学学校など腐る程あるでしょうし、バイトくらいなら幾らでも見つけることはできます。
しかし、それは留学というより、ただ海外で暮らすことを目的としたもので、そこからそれ以上の生活にシフトするのはかなり難しい事と言えます。

黙って聞いているこの2人の女の子、なんとなくしっくりこないようで、反応がかなり鈍いです。
きっと「なんとかなる」だけではない、もっと具体的なアドバイスを求めているのでしょう。

海外のどこでどんな勉強が出来るのか、大学なのか語学学校なのか、また帰国後にどんな選択肢があるのか、そんな具体的で有益な情報を必要としているように感じました。

しかし、このおばさんは自分の思い出話に夢中で気づかないのでしょう。たとえ気づいたとしても、恐らく女の子達の求める回答は持ち合わせていないはずです。

私も同じようなことをしてきたので、よーくわかります。
もしもこのおばさんが、女の子に語れる事があるとすれば、
「楽しかったけど、何かを頑張ったわけでもないから、将来役立つような事は何も得られなかった」という、いいのだか悪いのだかわからない経験だけでしょう。

思い出は語れても、有益なアドヴァイスはできないという事なのです。

海外へ出ないという選択

海外へ出ていくことは私も否定しません。特に若い人には感性が豊かで柔軟な時期に、広い世界を見にいくべきだと思っています。

とりあえず、出て行けば価値観が変わるかもしれません。とんでもなく面白い体験が出来ないとも限りません。
まさにおばさんのいうように、思い切って行ってみれば、自分の中の何かは変わることでしょう。

しかし、確固たる目的のある若者にとっては、行けばなんとかなるとは思えません。私なら、こんな子達に安易に海外へ出ていくことはおすすめできません。

海外は好きだけれど短期だけの観光旅行にとどめ、日本国内でしっかりと勉強や仕事を頑張り、成功を手にしている人も沢山います。そんな人を見るにつけ、あの若かった貴重な年月、日本でもっと頑張っていれば、よりよい人生が得られたかもしれないと思う事もあるからです。

その人がどんな人生を生きていきたいのかにもよりますが、将来はこんな仕事がしたい!こんなことを成し遂げたい!そんな夢があるのであれば、よーく考えてから行動すべきであると思うのです。

私にも2人の子供がおります。1人は「絶対にずっと日本で暮らす!」と言っていますが、もう1人は「一刻も早く海外に出たい!」と言います。

どちらもそれぞれの人生です。好きにすればいいとは思いますが、ただ海外へ行けば素晴らしい人生が開けるなどという幻想は持たないよう、デメリットも嫌になるほど話して聞かせています。



30年前、海外へ出ていく若い女子は、今ほど多くはありませんでした。インターネットも普及しておらず、現地の生きた情報を得るのも難しい時代でした。
それ故に、「行って見なければわからない」という考えは当然といえば当然でした。

しかし、いまや海外へ出るのは特別な事ではありません。ネット検索すればお家にいながらして、世界中の情報が手に入るのです。
日本国内にも沢山の外国人が生活するようになりました。その気になれば、そんな方々から本国の話を聞くことも可能です。

もはやシーラカンスな我々中年の遊学話など、反面教師にこそなれ、人生の指針となるようなアドヴァイスにはならないでしょう。

時代は変わる

一つ覚えておかなければいけないのは、よその国へ行くということは、その間は自分の国を留守にするということです。
その間に何がどう変わるかは誰にもわかりません。

私もバブル期終焉の足音が忍び寄ってきた頃、その音に気づくことなく日本を出ましたが、帰国した時にはすっかり日本の社会も人の考え方も変わっていて、浦島太郎気分を味わったものでした。

そんな急変してしまった社会に順応できずに、その後は海外と日本を行ったり来たりと迷走していました。

若い頃はまったく実感の持てないことですが、人生とは瞬きする間に過ぎていくものです。
「楽しい!楽しい!」と過ごしているうちに、その「楽しい」ことはすべて思い出となり、残るのは何も手にしていない歳をとった自分だけです。

どんな人生を生きてきた人にも多かれ少なかれ後悔はあるでしょう。
その後悔が「まぁ、仕方ないわね」と思える程度なら幸せです。中には完全に進むべき道を逸脱して、後悔してもしきれない!と嘆きに満ちた人生を送っている人もいるのです。

私が海外で出会った日本人にもそんな人がいます。日本にも海外にも居場所を見つけられずに、中年になった今も迷走し続けている人が。。。

もちろん海外へ出たことだけが原因ではありません。その人の考え方や生き方がそうさせたのだとは思います。しかし、その大きなきっかけが海外へ出たことに端を発しているのは間違いありません。




人生は運にも左右される

アドヴァイスなど必要ありません。人がどう生きて、どう思ったか、感じたかは問題ではないのです。
自分がどうしたいか、そのために何をするべきか、自分で考える事です。

どうしても海外へ出たいのなら、行けばいいのです。
とにかく自分で決め、自分で全てをオーガナイズして、リスクもわかった上で実行すればいいと思います。

人の話など無責任なものです。自分の人生を本気で考えてくれるような親切な人はそうそういないと思った方がいいでしょう。
自分の幸せを願ってやまない親であったとしても、そこには親の望みがこっそりと織り込まれているので、決して純粋なものではないのです。

私など、その時々で子供達に言う事が変わり、情緒不安定などと揶揄されることしばしばです(笑)
ある時は「なんでもいいから、一度は海外へ出たら?」、その舌の根も乾かぬうちに「海外へ行ったからといって、成功できるとは限らないわよ。むしろその確率は低くなる!」など、どっちなの?といった感じですが、どちらも嘘ではないのです。

これを言っては元も子もありませんが、人生とは運に左右されるものでもあります。
同じような事をしてきても、結果に雲泥の差が出るなんてこともあります。

頑張った者だけが報われるのなら、誰でも頑張れば済むことです。そうでないからこそ、人生とは難しいものなのです。

結論を言えば、とりあえず海外へ行くのもレクリエーション的にはおすすめ。しかし、もっと大きな志があるならば、慎重になるべきということですね。
そして、海外へ出たことが凶と出るか吉と出るかは運によりけりとも言えましょう。
人の意見を鵜呑みにして、安易に決めると、その運にも見放されるかもしれません。
どちらの道を選ぶにしても、時代錯誤なおばさんに意見など求めず、自分で決めるべきなのです。

そんなお隣のお話に耳を傾けながら、STINGの『Englishman In New York』を聴きながら、海外の街で過ごしていた若かりし日々を思い出したのでした。。。


www.hw-frankie.com
www.hw-frankie.com

Sponsored Link