専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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若さ以外なにも持っていない外国人と国際結婚した時こそが、私の自立の時でした。

東京は雨です。外出の予定もキャンセルになったので、そんな空き時間を利用して、たまには『今週のお題』でも書いてみましょう。

自立といえば、学校を卒業して働き始めた時?海外で一人暮らしを始めた時?
思い巡らせてみましたが「自立したわ!」という自覚はありません。

では、いつだったのかと考えると、本当の意味での自立は結婚した時ではないかと思い当たりました。

20代も終わろうかという頃、バックパック一つしか持っていない現在の外国人夫と結婚しました。
結婚式もせず、ただ身の回りの物だけを小さな車に積んで家を出たあの時こそが、私の自立の時だったのです。

それまでは、どんなお願いごとも決して「NO」とは言わない過保護な父の庇護の下、何不自由ない生活を送っていました。
働き始めて自分で十分な収入を得るようになっても、海外で一人暮らしを始めた時も、常に私の後ろには父親が控えていました。
そして過剰なまでにお金も時間も気も遣ってくれていたのです。

それは父親が生きている限り永遠に続くものと、私は思っていました。つまり、自分には自立などする必要はないという、今から考えると「人生舐めてはいないか?」という、甘ったるい思い違いをしていたのです。

しかし、私の思惑とは裏腹に、結婚して家を出たその時から、父は一切の援助を打ち切りました。

「これからは、自分の旦那に頼りなさい!俺のお役目はここまでだ!」

そう嬉しそうに言うと、まるで別人にでもなったかのように、長年にわたる私への献身を打ち切ったのです。

それまで自分の預金残高など見たこともない、触れたこともない、それでも欲しいものは手に入る、やりたいこともできる、行きたい場所にも行ける。そんな贅沢三昧な状況から、いきなりあらゆることに我慢を強いられる生活に激変したのです。

まだ20歳半ばであった外国人夫は日本語もままならず、定職もなく、お金もないという無い無い尽くし男でした。当然経済的にも頼りになりません。

こんな外国人に任せておいたら、私は極貧生活に陥る!

まずい。。。これは私が大黒柱となり、生活していくべきだろう!

相手が頼りにならないのなら、自分がどうにかするしかない!

そう決意し、私は日々の生活費を稼ぐために働き、主婦としての役目も全うしと、それまで動かしたことのないエンジンをフル回転させたのでした。

それから3年の後、ようやく外国人夫にも経済力がつき、子供ももうけて晴れて専業主婦となったわけですが、あの3年間、戸籍の筆頭主として、一家の大黒柱として、あらゆることをがむしゃらにやったおかげで、私はすっかり自立できたのだと思います。
もはや何が起こっても、全て自分で対処できる自信がつきました。

もしも、ある程度経済力のある日本人男性と結婚していたら、私は頼る相手を「父」から「夫」に変えるだけで、一生自立とは無縁に生きていたことでしょう。

当時は結婚した途端に手の平を返したように態度を変えた父を不満に思ったこともありましたが、よくよく考えればそれは大正解だったのです。

本当の意味でそれを実感したのは、父が亡くなってからです。喪失感はありましたが、途方にくれるようなこともなく、父の残した会社や財産の整理など、全てを先陣切ってやってしまったくらいです。

普通に生活していても、時に困難にぶち当たることもあります。そんな時も、頼る人がいないのならば、自分でどうにかするわ!と、あらゆる困難を無事に乗り越えてくることができました。

「自分の足で歩いて生きていく自信」
それこそが自立と言えるのだと思います。

自分を庇護してくれる人がいなくても、誰に頼ることができなくても、自分でなんとかする力を蓄えることこそが「自立」であると。。。

30近くまで自立する気もなく、甘え切っていた私ですが、生活力のなかった若い外国人と国際結婚したおかげで、しっかりと自立できたというわけです。

今は、外国人夫も家族4人何不自由なく食べさせていけるだけの力がつきました。
おかげで私は好きな事をして過ごせていますが、万が一何かあったとしても、いざとなればまたエンジンフル回転でいける自信は満々です!

専業主婦だけど、、、もうアラフィフだけど、、、自立しているつもりですもの(笑)


#わたしの自立

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