専業主婦という生き物

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子供のお弁当について。考え方を変えれば苦痛は軽減される。もっと手抜きするとか、お弁当作りをやめちゃうとか。

今朝もいつものように早起きをして、ゆるりと好きなことをして過ごしてから子供のお弁当を作りました。

長女が幼稚園に通うようになってから始まった弁当作りも、もうかれこれ17年近くになります。
我ながら毎朝毎朝(たまにサボりますが。。。笑)17年もの間、よく作り続けているものだと、自分を褒めてあげたいくらいです(笑)

しかしまだ終わってはいません。次女が高校を卒業するまであと2年半、お弁当作りは続きます。






お弁当作りの苦痛

専業主婦ランチでよく話題になるのが、子供に持たせるお弁当作りについてです。

「もう作るのが苦痛でたまらない!」
そんな人から、「面倒だけどそれほど負担には感じていない」など、お弁当作りに関しての感じ方は様々です。

同じように自分の子供が食べるお弁当を作るだけなのに、なぜそうも感じ方に個人差があるのでしょうか。

お弁当作りそのものがイヤ!

手作りのお弁当というと、必ず母親の愛情論のようなものがセットになって語られたりします。
ネットなどでもよく話題になっていたりしますが、幼稚園でお弁当を外注できるシステムがあっても、愛情論に邪魔されて嫌々お弁当を作っているなんて人もいるようです。

また、仕事をしている主婦の方などは、朝5時に起きてもお弁当作りに時間を取られてイライラする!なんて人もいます。
その時間に起きてもお弁当作りが負担になるということは、きっと出勤前に他の家事も完璧にやってから出かけようという人なのでしょう。

朝からイライラするほどなら、もうこれはお弁当を作ることそのものが嫌いで、できることなら作りたくない!と思っているかもしれません。
そんな人は無理して作る必要などないのになぁ。。。と、私は思うのです。

作ってあげたいけど大変で面倒

お弁当作りなどできることなら避けたい。。。そんな人がいる一方で、嫌ではないし、子供には自分の作ったお弁当をもせたいけれど、毎日のことなので苦痛に感じることはある。そんな人もいるでしょう。
実際に私の周りの専業主婦達はこんな方々が多くいます。

話を聞いていると、それがお弁当を作る基準というのか、誰のために、どんなお弁当をつくるか?という目的によって感じ方が変わってくるようです。

お弁当作りの基準

誰のために、なんのために、どんなお弁当を作るか?
これがどうやらお弁当作りが苦痛であるかそうでないかの分かれ道になるようです。




子供の好み

お弁当の献立を決める基準を子供の好みに合わせるのは誰でもやっていることかと思いますが、昨日はこれだったから今日は違うものじゃないとダメね。などと、献立作りに頭を悩ませることには変わりありません。

これがそもそも苦痛を生む一つの要因なのです。
それに気づいたのは、娘の一言からでした。

「今日のお弁当、大好きだから明日も明後日も同じのにして!」

毎日同じで飽きないかと尋ねると、飽きたらそう言うから毎日そっくり同じ物を入れてねと言われたのでした。

翌日からリクエスト通り、毎日同じお弁当を作ったのですが、これが本当に楽でした。わざわざ新しい献立を考える必要も買い物もしなくていいのです。毎日決まったものを決まった手順で作って詰めればいいだけです。頭を使わなくてすみます。

子供の好みに合っていれば、内容などいつも同じで構わないもの。
そうわかってからは、お弁当作りが楽になりました。

なによりも大切なのは、食べる本人が「美味しい!」と感じ、お腹いっぱいになること。ただそれだけなのだと気付いたのでした。

子供の見栄

しかし、お子さんによってはそうでない子もいます。
お友達のお嬢さんは「とにかく、人に見られても恥ずかしくないお弁当にして!もっとバリエーション豊かにして!」と、毎日うるさいくらいにリクエストを出してくると言います。

周りのお友達がいつも彩り豊かで品数の多い豪華なお弁当を持ってきているので、手抜きされると恥ずかしいという理由だそうです。

この場合は自分の好みよりは、「人に見せられる」というのが基準になっているため、作る方は大変です。

作る身となってわかるのは、いかにバランスよく美味しくて、その上見た目も食欲をそそるようなものを詰めるかが理想です(あくまでも理想)。
しかし毎日インスタにアップしてあるような豪華弁当を作るのは、骨が折れるものです。
これがお弁当作りを大変にさせている一つの原因でもあるのです。

親の見栄

こちらは子供ではなく、作り手である親の方が人目を気にするというケースです。
他の子が見て、親に「あの子のお弁当いつも地味なのよね」などと言われたら恥ずかしい。
また、子供間である「それ、一口ちょうだい!」というおかず交換で、平凡な味だったら、また何か言われるかも?と、気にしている人もいるのです。

私自身、あまり人のことを見ていないので、「そんなに人のお弁当をジロジロ見ている人なんていないわよ」などと言いますが、本人は「私は見るわよ!」と言います。

お弁当に限らず、人の目を気にして行動するというのは、その基準が自分ではなく世間様ということになります。人の思惑などわかるものではありません。そのためあれこれと想像巡らせるということをしなければいけないので、これがまたまたお弁当作りを面倒にさせているのです。

親の趣味

前者が人目を気にしてお弁当を作っているのに対し、こちらは完全なる自己満足型です。
とにかく見た目も素敵で手の込んだ、お洒落なお弁当を作ることに命をかけているタイプです。

私の周りは専業主婦だらけなので、こんな方は結構います。
所謂キャラ弁から始まり、子供が大きくなると、今度はインスタなどでお披露目しようと、毎日あれこれと献立を考え、蓋が閉まらないような豪華弁当を「どうだ!」とばかりに作っています。
こちらは趣味と実益を兼ねているので、面倒とも大変だとも思っていません。
とにかく自分が作りたくて、率先してお弁当作りを楽しんでいるので、夏休みなどお弁当のない日が続くと物足りなさを感じるくらいだと言います。

つまり苦痛に感じている人は、極端なことを言えば、食べるのは子供でも実際は他人に向けて作っているということになります。
自分や子供の満足のためというより、第三者である他人のためにお弁当作りをするのが目的になってしまっているため、辛く感じるということがわかります。

一方お弁当作りを楽しんでいる人、苦痛に感じていない人は、自分が楽しんで作っています。
もはや家事の一端ではなく、趣味に近い感じです。

しかし、誰もかれもが趣味の域に達するほどお料理好きとは限りません。
私も嫌いではありませんが、お弁当など作らなくて済むのなら、それに越したことはなく、週末や長期休暇の時は非常に開放感があります。

趣味にもできないのであれば、唯一できることは、人目を基準にするのではなく、自分と子供の満足度を一番の目的としたお弁当づくりを考えればいいということになります。

子供も満足し、お母さんの方も苦痛を感じることのないお弁当作りとは、どんなものでしょうか。




海外のお弁当

我が家の子供達は幼い頃に海外の現地校へ通っていたり、日本に帰国後も夏休みはサマーキャンプに参加したり、インターナショナルスクールへ通ったりと、あちこちで学校生活を経験しています。
その際、いつもお弁当だったのですが、周りのお子さんのお弁当を見て、「これでいいのか⁉︎」と思うような内容で驚いたものです。

ある子は大きなリンゴ1個にチップスの小袋にチーズ、またある子はバナナにシリアルバー、マフィンなど、キッチンの片隅にあるようなものをただカバンに突っ込んだだけ!といった、もはやお弁当とは呼べないようなものでした。

それでも母親はもちろん、それを食べる子供達もハッピーな様子でした。
この経験があるからこそ、私はお弁当作りを苦痛に思わないですんでいるのかもしれません。

基本的な考えは、親も子供も負担にならない、最低限お腹がいっぱいになる。それだけです。
栄養バランスも人の目も一切関係なし!
お弁当などというのは、1日のうちのたった一食です。
私の持論としては、一食くらい何を食べても栄養など変わらないということです。

私も一応は普通の日本人なので、最初はそんな簡素で時にジャンクなお弁当というものに抵抗はありました、
しかしよくよく考えてみれば、昼に食べるお弁当は栄養バランスよりも好きなもの、美味しく食べられるものを食べ、その代わりに夜はしっかりバランスのとれたものを食べるなど、1日のうちで帳尻が合えばそれでいいのではないか?と考えるようになりました。

どんなに頑張って作っても、子供はそのありがたさを実感することはないでしょう。むしろ好みに合わなければ、最悪残してくるようなことだってあるのです。
それでは頑張れば頑張るほど、つらくなってきます。

こだわりの範囲で手抜き

お弁当と一口に言っても、人によってこだわるところは違います。
とにかく全て手作りにして、冷凍食品などは一切使いたくないという人もいれば、とにかく品数だけは豊富にしたいという人、また働いているお母さんなどはとにかく時短!という人もいるでしょう。

自分が一番にこだわりたいのはどこか?

それを明確にした上で、お弁当作りをすれば負担はおのずと軽減されます。

どんなことに対してもそうですが、あっちもこっちもとなんでもかんでも求めて完璧にあろうとするから苦痛が生まれるのです。
重要度の高くないものは思い切って切り捨ててみれば、案外物事はシンプルに片付くものです。

例えば、私のこだわりは冷凍食品は使わない!ということです。
冷凍食品はとても便利なものですが、私は昔から一度冷凍したものが好きではないのです。作り置きしたものを冷凍することもしないくらいなので。
これは美味しい、美味しくない、または良い悪いの問題ではなく、ただ単に嗜好の問題なのです。

そこで冷凍食品を使用せずに、なおかつ手抜きしつつ何品ものおかずの入ったお弁当を作るにはどうしたらいいか?
長年のお弁当作りで考えたのが以下の方法です。

手抜きいろいろ

手抜きにもさまざまな方法があります。私の場合は一石二鳥の方法です。

惣菜

私は冷凍食品を使わない代わりに、大好きなデパ地下惣菜はよく使用します。

この記事の冒頭にある写真は実際に子供達に持たせたお弁当ですが、おかずは全てデパ地下調達!しかもオードブルの残りです(笑)
ただ切って詰めただけという立派な手抜き!
サンドイッチもバターを塗ってハムやチーズ挟んだだけで、何一つ火を使っていません。

このように面倒な時は、デパ地下の惣菜を詰めています。
もちろんお弁当用に買うわけではありませんが、選ぶときに必ず消費期限を確認し、「これは明日のお弁当に流用できるか?」と考えて、少しだけ多く購入することにしています。
そして残った暁には、バンバン入れてしまいます。

残り物

前夜に食べた晩御飯を詰めるのも日常茶飯事です。
残り物というよりは、食べる前にわざとお弁当分取り分けておくのです。これが2品くらいあると翌朝のお弁当作りがぐっと楽になります。
子供は前夜と同じものを食べることになりますが、2食くらい同じものを食べたからといってどうということはありません。食べられるだけ幸せなのです。
毎日同じ晩御飯を食べるわけではないので、必然的に翌日のお弁当も違う内容となるので。これは大変便利です。

汁物

前の晩に食べたスープやシチュー、豚汁など汁物の残りをジャーに詰め、あとはおにぎりかバゲットなど、ちょっとお腹に溜まる炭水化物を添えるだけで、お弁当になります。



サーモス 真空断熱スープジャー 300ml スイートピンク JBJ-303G SEP

毎日同じ献立

これは前記したように娘からのリクエストではじめたことですが、これが思った以上に楽なのです。
毎日の献立を考えるのは結構大変なことです。その面倒なプロセスが一つなくなるだけで、とっても楽にお弁当作りができるようになりました。

お弁当作りの苦痛をなくす考え方

これは、実は簡単なことだと思うのです。
作るのが面倒なら、思い切り手抜きをするとか、いっそのこと作らなければいいのですから。

私はお弁当を作りたくない時は、作りません。学校で外注のお弁当などが頼める時はそれを利用したり、家にあるパンを勝手に持って行ってもらったり。今は高校生なので、お金を渡して通学途中に好きなものを買ってもらったりすることもあります。

そんな話をお弁当作りが苦痛だというお友達に話すと、

「お友達になにか言われたら、子供が可哀想じゃないかしら?」

「だらしない母親だと思われたら嫌じゃない?」

「母親の勤めを怠っているって、自己嫌悪に陥らない?」

などと眉をしかめたりします。

お友達から何か言われたら、人のお弁当まで干渉しないで!と言えばいいのです。

だらしない母親?そう思われても構いません。私は他人から立派な母親という評価など頂こうとは思いませんので。。。

自己嫌悪もありません。母親だって人間だもの。生きていれば色々な一身上の都合というものが生じるのです!

つまり、お弁当に愛情論を持ち込んだり、他人からの評価を気にせずに、自分の都合でお弁当作りというものを考えれば、なんのことはないということなのです。

極端な話、絶対に作らなければいけないもの。
そう思わないことで、お弁当作りが取るに足らない些細なことであると思えるのです。

何事も悩みを抱える人というのは、とても真面目な人が多いようです。
真面目なのは素晴らしことで、私ももっときちんとしなくちゃ!などとよく思うのですが、その真面目さも度を越すと自分を苦しめることになります。

立派な手作り弁当=母親の愛情はナンセンス

たかがお弁当で親の愛情は測れるものではありません。
これは実際に娘の幼稚園にいた親子のお話ですが、そのお子さんは麦ご飯のおにぎりとトマトだけのお弁当を毎日食べていました。色とりどりの豪華なお弁当を持ってくるクラスのお友達の中で、その子だけはいつもいつも同じお弁当でした。
時に園長先生や担任の先生から苦言を呈されたり、お友達からかわれたりしていたと言いますが、お母さんは子供も好きなもの、自分もそれが一番のお弁当だと思っているから。そう言って誰の嫌味も忠告もスルーし続けました。

愛情が足りないなど陰口を言う人もいましたが、昔から今に至るまで、その子はお母さんが大好きです。
高校生になりアルバイトを始めたその子は、お給料のほとんどをお母さんにあげるというのですから驚きです!
決して家計が苦しいわけではありません。どちらかといえば裕福な家庭であるのにです。そして家のお手伝いも率先してやってくれるいい子達に成長しました。
親の愛情などというものは、お弁当ごときでは左右されないといういい例です。

まとめ

ここまで読んで頂けたら、私のような母親としてはポンコツな人間が、何故お弁当を17年間も作り続けてこられたかがわかると思います。
要は自分の都合で存分に手抜きをしながらやってきたからなのです(笑)

全てに完璧を求めず、自分のこだわりだけに心を砕き、お弁当と向き合う!
そんな手前勝手なお弁当作りだからです。

長年やっていると慣れるということもあるのでしょう。かつては苦痛に思っていた時期もあるかと思いますが、今では大変だとか嫌だと思うようなことはありません。
時に作りたくない気分の時もありますが、そんな時は作らないので(笑)

完璧を求める良い母親を否定するわけではありません。私のような自分の都合で手抜きばかりしている母親を肯定するわけでもありません。

ただ思うのは、子供のためにしていることで自分が苦しんだり犠牲を払うことに何の意味があるのか?ということです。
子供は宝です。いつでもハッピーで笑っていて欲しいと思いますが、笑って生きていきたいのは母親とて同じことです。

要はバランスの問題なのです。一方がハッピーで一方が不幸だというのではなく、多少の妥協はあっても双方がそこそこハッピーなら、それでいいではないの!
そう思うのです。
専業主婦でさえそうなのですから、世の働くお母さん方でお弁当作りに苦痛を感じている人がいるなら、なおさらお弁当作りに対する考えを変えるべきなのではないかなと思うのでした。