専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

Sponsored Link

ストレスは解消するのではなく溜めないことが一番。心にポジティブな癖をつけることでストレスは軽減できる。

ストレスとは「百害あって一利なし」。私はそう心して、とにかくストレスとは無縁で暮らす努力をしています。

しかし、この年末年始でたっぷりと溜め込みました(笑)
原因はもちろん外国人夫です。ただでさえ頑固で面倒になる中年男。これが自分と真逆の価値観を持った外国人ともなると、もう手に負えません。

若い頃は許し合えたことも、結婚して20年以上も経てば、お互いに譲らなくなります。
もう相手を変えるよりは、自分の考え方を変えるしかないのです。。。

ストレスを呼び込む感情

ストレスとは誰にでも多かれ少なかれあるものだと思います。誰もかれもが毎日薔薇色の人生を送っているわけではないのですから。

ただ、小さなストレスならまだしも、心が暗くなり心身に影響が出るような大きなストレスを抱えている状態は、必ず改善すべく大きな原因があるはずです。
その原因は人により千差万別だと思いますが、ほとんどが人間関係やお金、仕事、家族の問題などでしょう。

自分の問題ではなく、誰かとの関係によってもたらされるストレスは、自分一人の力ではなかなか解決することができないものです。
ただ、そんな中でも多少なりともストレスを軽減することはできるはずです。

それは、自分の考え方を変えること。
相手を変えるのは一筋縄ではいきませんが、自分のことなら努力次第で変えることはできます。

そもそも、ストレスとはどんな時に生まれるのでしょうか。
自分自身、何がストレスを呼び込むのかが明確になっていなければどうしていいかわかりません。
自分の抱えているストレスが何から派生するのか認識することです。




怒る、争う

怒りの感情とは本当に大きなエネルギーを必要とします。怒りをもって人と争うことは、知らず知らずのうちに心と身体にダメージを与えているようなものです。

その時は相手を打ち負かすこと、自分の怒りを発散させるために攻撃をしたり、されたりに夢中になっていて気づかないものですが、それがどれだけ自分を痛めつけていることになるか後々わかってきます。

それは眉間に刻まれた深いシワであったり、慢性的な胃腸の不調、そして最悪の場合は大病につながる可能性すらあるといいます。
以前知り合いの医師たちが、ストレスによって免疫力が下がり、病気を呼び込む原因になるという話をしていました。

私自身、長いこと怒りに対して過剰に向き合って生きてきました。怒りを発散しないことには自分の中で収まりがつかず、ストレスになる!そう思い込み、怒りを覚えるたびに躊躇なく争うことを繰り返してきました。

その結果得たのは何もありません。あるとしたら自分の体を蝕んだ病くらいのものです。怒りと病気の因果関係はわかりませんが、あれほど頻繁に激しいマイナス感情を爆発させていては健康にいいはずがないのです。

病気をして、それまでの価値観がガラリと変わった私は「怒らない」という決まりを自分の中に作りました。もちろん目に余るようなことに対しては別ですが、多少のナンセンスはスルーするようにしました。

ナンセンスの塊である外国人夫に対しても、自由奔放な子供達にも、そして自分に対してマイナスの言動をしてくる他人に対しても怒らないようにと心掛けています。

それは時に正義感を捨てることになるという事にも気づきましたが、正しくあろうとするのは時に他者との摩擦を生むこともあります。たとえ相手がどんなに悪くても、怒りをぶつけるのではなく理解を求める。それが無理なら黙って通り過ぎる。通り過ぎたらさっさと忘れる。
そんな風に「怒り」をコントロールすることにしました。

その結果、最初は予想通り強いストレスを感じたものですが、辛抱強く続けるうちに怒りの沸点がとても高くなりました。

怒りとは「心の癖」のようなものであると今ならわかります。その癖をなくすことで余計なストレスを遠ざける事が出来るのです。

妬み(嫉妬)

「妬み」もストレスと密接な関係があります。それは怒りと同様に大きなマイナス感情であるからです。

誰でも自分よりも幸せそうな人、裕福な人に対して羨ましい気持ちを持つはずです。特に自分の人生が上手くいっていない時はそういう感情がむくむくと湧き上がってくるものです。

しかし、いくら人を羨んだところで自分の状況が改善されるわけではありません。むしろマイナスな感情を抱き続けることで悪い事が重なったりすることもあるくらいです。

人を羨む気持ちを原動力にするというケースもありますが、ほとんど「妬み」とは内的な鬱々とした感情です。

よくインスタなどで煌びやかな生活を発信している人がたくさんいます。素敵な服を着て、高級車に乗り、三つ星レストランでのお食事、ブランド物のバッグ。見ているだけでクラクラします。
単純に見たものだけを信じれば、羨ましい!と感じるでしょうが、私はその全てがリアルであるとは思っていません。

人はそのような華々しい物事だけに囲まれて生きているわけではないからです。
私の周りにはマテリアルで見れば人が羨むような生活をしている人は沢山いますが、その人生は決して「ハレの日」だけではありません。

人間は皆同じ。避けては通れない道を歩かなければならないこともあります。
仏教でいうところの「四苦八苦」などその最もたることではないでしょうか。

四苦の(生、老、病、死)に加え、

愛別離苦(愛する人との別れ)

怨憎会苦(怨み憎しみを抱く人と出会う)

求不得苦(求めるものが得られない)

五蘊盛苦(心身が思うようにならない)

シンプルに考えれば、人は皆このような苦しみを抱えながら生きているのです。
そう考えると、見た目だけの判断で人を羨んだり妬んだりしてストレスを溜め込むのは馬鹿らしいことだと思えます。

我慢

日本ではかつて「我慢が美徳」という風潮がありました。昭和感覚ですが、そんな空気は未だに日本社会に根強く残っているように思います。
しかし、我慢と一言で言っても、自分のためになる我慢と、必要のない我慢があります。

ためになる我慢とは、この苦しい時期を乗り越えることで自分に力がつき、自分や周りの人を救う事ができるといった明るい未来が想像できるような我慢です。

反対にする必要のない我慢とは、例えば理不尽なイジメに耐える、痛みを我慢するなど、心身にダメージを受けるようなことです。

私の経験上、年を重ねれば重ねるほど不必要な我慢が増えてくると感じています。
若い頃に我慢して頑張ってきた結果、その後の人生の大きな助けになったり、貴重な経験として残ったなどということはたくさんありますが、人生も半ばを過ぎた今はほとんどの我慢はしなくていい無駄な我慢だと思えます。

無駄な我慢は心に大きなストレスを溜め込むことになります。
それが必要な我慢なのか、そうでないのかを見極めて、無駄な我慢をしない勇気を持つことも大切です。

自己嫌悪

プライドの高い人生も時にストレスフルなものですが、それ以上に自己肯定感が低いというのもストレスの原因になります。

自分のやることなすことに自信が持てず、自分の発した言動を気に病み自己嫌悪を抱いてしまう人などです。
このようなことは誰にでも多少なりともあることですが、これが毎度毎度となると少し考え方を変えたほうがよさそうです。

世の中、成功している人の中には実力以上に評価されている人も沢山います。中身はなくとも自分に自信をもち、それをアピールすることで人を納得させてしまうのです。共通しているのは自己嫌悪など抱いた試しがないのでは?という自己肯定感の強さ、自己評価の高さです。
たとえ大した実績がなくても、根拠のない自信でもそのような人には関係ありません。人からの聞きかじり、時には人のアイデアをそっくりコピーしてでも、自分はこんなにすごい人間だとアピールします。
まれにそれを指摘されても、自己嫌悪どころか「その何が悪い?」と、悪意なくいってのける図太い神経です。
しかし、そんな強気な鈍感さこそが彼らを成功に導いている。そんな例は沢山あるのです。

身近な例をとっても、巷に溢れているブログなども同じです。「ただの人」が自信満々に人生を説き、人気を博しているのも珍しくありません。
私とて例外でなく、ただの中年専業主婦が、「これこそが正しいのだ!」と言いたいことを言って、その鈍感力を存分に発揮しています!(笑)

しかし、それくらい図々しく生きていかなければ、この世知辛い社会の中ではそれこそ傷だらけになってしまいます。

「自己嫌悪」とは字の如く、自己が作り出す負の感情です。つまり自分の考え方次第で遠ざけることができるものなのです。

自分が気にするほど、また自分が思うほど酷い人間はそうそういるものではありません。
逆に自己嫌悪に陥るような人は、それだけ謙虚で繊細な心を持っていると言えます。自己を過大評価する必要はありませんが、自己を嫌悪することをやめて少しだけ鈍感になることで、ストレスを軽減できるはずです。




ストレス軽減のヒント

ストレスを完全になくすことは無理でも、生活や考え方を少しだけ変えるだけで、軽減できたり、気持ちを紛らわす助けになることはあります。

人の目や意見を気にしない

ストレスの多くが他者との関わりの中で生まれると言ってもいいほど人間関係とは時に厄介なものです。

しかし、私の経験から言わせていただけば、自分が思っているほど人ば自分に関心も持っていなければ、見てもいないということです。
みんな自分のことが一番なのですから、他人のことに頓着しているほど暇ではないということです。

単純な例を挙げるとすれば、
「今日は髪型がイマイチ。服も変だし恥ずかしい」などと自分が気にしていても、人はなんとも思っていないことがほとんどです。
面と向かって「おかしいわよ」と言われたのならまだしも、何も言われないのに気にするのもおかしなこと。
思っていても言わないということもあるかもしれませんが、指摘されないのならなんとも思われていないのと同じ!そう思えばいいのです(笑)

著名人など世に名前と顔が知られている有名人ならまだしも、普通の人にそこまで関心を払う人はいません。もしいるとしたら、その人にかなりな好意を持っているか、逆に悪意を持っているかのどちらかでしょう。

人からどう見られているか?そう気にしだすと何から何まで気になってしまうようになります。その結果ストレスを抱えることにもなりかねません。
人からどう見られているかではなく、自分はどう思うのかを基準に行動すれば、それだけストレスは軽減するでしょう。

時間に余裕をもつ

心と身体は密接な繋がりがあります。いつもせかせかと分刻みに行動していると、自然と気持ちもせかせかと落ち着かなくなるものです。

私も数年前まではそんな回遊魚のような生活をしていました。仕事をしているときはもちろん、専業主婦になってからも家事育児に加え、毎日のように人と会う約束を入れたり、とにかく毎日スケジュールがパンパンになっていることで充実感を覚えていたようなところがありました。

そんな毎日を過ごしている最中はストレスを感じることはありませんでしたが、心よりも次第に身体が悲鳴をあげるようになりましてた。疲れが取れない、睡眠不足で頭の回転も悪くなり、つまらないことで失敗したりでイライラしやすくなったり、自分をコントロールする力が弱くなっていくのを感じました。

今から思えば、どんなに充実していると思っていても、明らかに心身ともに余裕を失っている状態でした。
そこでこれまで1日に何件も入れていた予定を一件だけにするなど、あえて時間的な余裕をもってスケジュールを組むようにしました。

その結果、一つ一つのことに丁寧に取り組むことができ、時間の余裕と比例するよう気持ちにも余裕ができ、イライラしたり余計なストレスを遠ざけられるようになりました。

若い人などは特に忙しく活き活きと日々を過ごしたいと思うでしょうが、ちょっとストレスが溜まっているかも。。。そう感じたら、時にはスローダウンすることも考えてみては?と思います。

楽しみを見つける

時間に余裕を持つためにスケジュールを緩やかにした結果、何もすることがなく手持ち無沙汰になってしまっては、時間を持て余すこと自体がストレスになりかねません。そんな時になにか楽しめるようなことがあれば充実感を失わずにすみます。

私自身、昔からこれといった趣味はありません。周りのお友達などはお稽古事に通ったり、ジムやテニスで汗を流したりと楽しんでいますが、私は全く興味がないので誘われても行く気になれません。。。

かと言って、家でテレビやDVDを観るのも好きではありません。本を読んでいると途端に眠り込んでしまうし、ネットサーフィンも時間を忘れて熱中できません。

強いて言えば「食べること」くらいでしたが、このブログを始めてからは、ブログ記事を書く楽しみができました。

「これが趣味です!」といった大袈裟なものでなくても、「好きなこと」があれば自分時間を楽しむことはできます。

人に頼る

一人の時間も大切ですが、時には自分を理解してくれる人がそばにいることが癒しになることもあります。

本来なら家族であったり恋人であったり、つまり自分に一番近い人達ですが、時にそんな近い人間こそがストレスになることもあります。
我が家の外国人夫もしかり(笑)
癒しどころかストレスを増長させるようなことばかり言ったりやったりします。
子供も可愛い時ばかりではありません。寝ているときは天使か⁉︎と思うほどですが、時に怪物になってストレスの元凶になったりすることもあります。

もう誰もいなくていい!
独りでいい!

私などそう思うこともあります。自分は強いから人の助けはいらない。そんな気持ちで生きている人もいるかもしれませんが、誰かに愛されている、必要とされていると思うことは心の栄養になります。

人は安心感を求める生き物です。たとえ直接手を下して助けてもらえなくても、そこに自分を見てくれている人がいるというのは大きな自信にも繋がります。

大きなストレスに押しつぶされそうになった時、安心して寄りかかれる人がいれば、きっと心は軽くなるでしょう。

心に癖をつける

これはストレスに限ったことではありませんが、心によい癖をつけるのは大切なことです。
くよくよしない。ネガティブにならない。前向きになる。。。
そんな自分になりたいと思ったら、とにかくそういうイメージを持ち続けることです。

たとえ嫌なことがあったとしても「たいしたことではないわ!」と笑い飛ばす癖、辛いことがあったときは「明日はもう少しましな一日になるでしょ!」と前向きになる癖。。。

問題が発生したとき、人は真っ向から解決しようとします。それが普通のことだと思いますが、人によってはそれが無理なこともありますし、状況が許さないこともあります。
そして問題が解決しないままの状態が続けば、自然とストレスも溜まっていくものです。
しかし、そんな時こそ重たく考えず楽天的になるべきです。

日本には「笑う門には福来る」という諺があります。くよくよとストレスだけを大きく膨らませている人と、「大丈夫!きっとそのうち好転するばす」と前向きな人。どちらの方がいいでしょうか。

私が何かしてあげたい!手助けしたい!と思うのは、もちろん後者です。
人は本能的に負のエネルギーを避けようとします。物事がうまく回らずにどんよりとした人のそばには誰も寄ってきません。それは人が薄情なのではなく自己防衛本能からだと私は思っています。

物事がうまくいかないとストレスも増えていきますが、心に「前向き」になる癖をつけることでストレスは軽減され、その結果助けてくれる人も出てくるものです。

日々を前向きに明るく生きること。それこそがストレスを軽減する大きな鍵ではないでしょうか。
一朝一夕にできることではないと思います。何年も意識的に「癖」をつけようと努力する必要はあると思いますが、気付いたときには、よい癖がしっかりついて人生が好転していた。。。そんなこともあるかもしれません。




まとめ

ストレスというと、どうしても「人から与えられるもの」という捉え方をしてしまいますが、実際は自分の心持ち一つで感じ方は変わるという面もあるのだと思います。
とはいえ、自分でコントロールすることは難しいものです。

こうして楽しくブログを書いている時でさえ、外国人夫が「あれはどこだ?」「そういえば、あの件はどうなった?」「あなたはボヘミアンラプソディーを観るべきだ!」などと、うるさいのなんの!

時と場所を選ばぬ外国人夫の勝手な言動は、私にとってものすごいストレスです。しかし、こんな時こそ怒ることなく、また「あなたは気楽でいい身分ね」など妬まず、かといって我慢することなく「少し静かにしていただけませんか?」などと落ち着いて対処するべきなのです。

言うは易しでそんな穏やかな物言いはできませんが、「うるさい!黙れ!」ではなく、「お願いだから邪魔しないでよ。。。」くらいは言えるようになりました(笑)
これだけで感じるストレスはぐっと少なくなるものです。

ストレスを発散する方法を考えるより、私はストレスを抱えない心を作りたいと考えるのでした。。。

www.hw-frankie.com
www.hw-frankie.com