専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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大人になるというのは純粋さを捨てることだと悟った娘・16歳の春。

新学期が始まりました。
我が家の子供達も渋々と学校生活に戻りましたが、予想していた通りあれやこれやと不満を炸裂させています。

仲の良いお友達と引き離されたクラス分けから始まり、新入生歓迎会や部活の勧誘を巡り、またもや一悶着も二悶着もあった様子の次女。

帰ってくるなり出てくる!出てくる!不平不満が!

なんでも先頭に立ってやりたがるからこそ、出る杭は打たれるのよ!

日頃からそう言い聞かせてはいますが、性分なのかなにか行事でもあろうものなら先陣切って乗り出すため、当然風当たりも強くなります。

集団生活の中では当然自分の思い通りにはなりません。反対意見もあってしかるべき。それをどうまとめるかがリーダーの手腕というものでは?と、そんな言葉で諌めてみますが、どうも納得いかない様子。

「そもそも、自分の意見があるのなら自分が動けばいい!動かないくせに皆んな文句ばっかり。口だけなら誰でも好き勝手言える!」

そう酷い剣幕です。

確かに自分は何もしないのに文句ばかり言う人は大人の世界にもいます。
しかし、そんなことをいちいち気にしていたら身が持ちません。適当なところで折り合いをつけ、時には強行突破も辞さないという気持ちでなければまとまりがつかないものです。

「昔はお友達と一緒にいるのが楽しかったけど、今は人のずるいところとか見えちゃって楽しいという気持ちも半減だよ」

「そんな目でお友達を見てしまう私自身もズルイことしてるかも知れないけど。大人になると心が汚れてくるのかもね。。。」

などと神妙な面持ちで呟いています。

思わず大学生の長女と顔を見合わせて、また面倒なことを言い出したと苦笑い。





私利私欲のために立ち振る舞ったりするのは誰もがすることです。皆んな自分の事を最優先に考えて生きているのですから、それは当然のことと受け止めなければいけません。

しかし次女は人に対する期待が大きすぎるがために、何かことが起こった時の落胆も激しいのです。

「全ての人と仲良くしよう、理解してもらおうなどと期待はしない方がいいわよ。自分の都合で人はどちらにでも転がるものだから」

私などはいつもそんな事ばかり言っています。
人に期待しなければ、どんな言動をされたとしても傷つくこともありません。
いささか寂しい考え方かも知れませんが、そう思っていた方が人間関係はうまくいきます。
つまり、適度な距離を持てということです。

それも十代半ばの子供には難しいことなのかも知れませんが。。。





言ってみればまだ十代の娘は小さなコップの中を泳いでいるようなものです。その中には似たり寄ったりの魚が数十匹いるだけです。
しかし社会に出れば、それはコップから大海に放たれるようなもの。大きな鯨もいれば獰猛なサメもいます。
周りを信用し過ぎればあっという間に丸呑みされるか、ガブガブ噛まれて八つ裂きにされることだってあるのです。

適度な距離を保つことは、周りと共存することでもあり、なおかつ自分の身を守ることにもなります。

口でいくら言ったところで理解はできないでしょうが。。。

「大人になったら人間関係のいざこざは今の比ではないわよ!だから強くなりなさい!不平不満を封じ込めるくらい強い心を持ちなさい!」

いま言えるのはそんな言葉だけです。理解はしなくてもいい。ただ人に期待したり、人をあてにしたりする心は捨てて、自分のやるべきだと思うことをすればいいと。

そんな私に向かって娘は言います。

「大人になるってことは、人すら信用してはいけないってことなの?そうだとしたら、純粋ではいられないってことだね」

溜息をつく娘を見て、果たして自分の考えは正しいのだろうか?と迷いも生まれます。

純粋であることは素敵なことです。周りの人を信用し愛し愛され、そんな関係を築ければそれは理想的なことです。
しかし、社会に出れば善人に出会う以上に悪人にも出会ってしまうものです。
そしてその純粋さ故に傷つき立ち直れない人もいるのもまた事実。

どんなに善人であろうとしても、傷だらけの心では生きていけません。

親としてどんな道を指し示すが正しいことなのか正直わかりませんが、親もまた迷いながら生きてきたのです。
その結果、自分で出した答えを見せることしかできません。

親から示された答えがその子にとって正しいことばかりではありません。結局のところ、本当の答えは自分で見つけるしかないのです。

これから様々な事を経験する中で、私の言葉を心の片隅に感じながら、自分なりの正解を見つけてくれることを祈る母なのでした。