専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

Sponsored Link

長い専業主婦生活の先にあったのは、空白とも思える時間のもたらした焦りだった。

今日の東京は朝からシトシト雨が降り続いていました。
独り部屋の中で雨の音を聞いていたら、なんだかソワソワと焦りを感じてきます。

中年女が何やらワサワサ、ソワソワしている姿は決して美しいものではありませんが、最近はよくこんな心持ちになることがあります。

さて、何をそんなに焦っているのか?

それはかなり漠然としたことなのですが、50歳を過ぎたいま、自分の手の中には一体なにが残っている?なにもない?と考えるようになってきたからです。

物理的に何かを所有するということではなく、例えば日々の生活に彩りを与えるような趣味や、やり甲斐を感じられるような仕事やキャリアというものが一切ないということです。

これまでは専業主婦としてのお仕事が本業でしたが、その仕事すらも激減。。。
真剣に全力で向かえる何かが欠如した状態といえます。

ただ、のんきに美味しいものを食べて、お友達とワイワイお喋りをしてと、ただ刹那に楽しむことを考えている中年専業主婦(現在は時々パート主婦)。。。

これまでは、それこそが自分の生きる道であると疑いもせず、そんな生活を楽しんでいたものですが、最近パートのお仕事を始めたことで、心境の変化が出てきたのかもしれません。

この歳から仕事を始めるのは、どんな職種についたとしても苦労の多いものです。思い通りにいかないことは当たり前、悔しい思いをしたり、つらかったり、これまでまるで無縁であった感情との闘いであったりします。

自分はこんな簡単なことすらできなくなったの?

何故、思うように頭に入らない?

かつての記憶力は何処に?

お仕事をしていた若い頃と今の自分を比較しては、まるで自分が自分でなくなってしまったような感覚に終始とらわれて落ち込む日々なのです。

しかし、それ自体はいいのです。ある意味想定内のことでありなんの問題もありません。一つのことに必死になり、懸命に努力する充実感や刺激はそんな大変さを払拭するほど魅力的なことでもありますから。





問題は「私はこれまで多くの時間を無駄にしてきたのではないかしら?」という思いです。

私はこの20年間、一生懸命にやってきたはずなのに、「私」という個人で考えれば、得たものよりも失ったものの方が多いのではないかと。。。
何よりも、いま仕事で感じるような様々な感情に揺さぶられたことなど、この20年で一度もありませんでした。

その時間は自分自身のためではなく、子供や夫のために費やしてきた時間であり、家族のためにしてきた努力だったからではないかと此の期に及んで思い至ったのです。

頑張ってきた目的は私自身のためなどではなく、まさに子供や外国人夫の成長のためであり、それは私に課せられたミッションのようなものであったのだと。。。
もちろん、そうすることで自分にとっての学びとなることはありましたが。。。

専業主婦として暮らしてきた20年、自分なりに一生懸命にできることはしてきたつもりです。
子供と過ごす時間はまるで異星人と暮らしているようで新しい発見の連続でした。それは非常に興味深く、人間が赤ちゃんから成人に向けて成長していく過程をつぶさに観察できたのはなかなか楽しいことでした。

また、日本に不慣れなまだ20代前半であった外国人夫を叱咤激励しながらサポートした結果、一人前に家族4人不足なく支えられるまでになったことも嬉しく思います。

そう考えれば、決して空白ではなく、むしろ意義のあった20年であったとは思います。
しかし、そう承知した上で、自分の手の中には今なにも残っていない。。。そう感じるのです。

結婚し子供を授かったとき、

「これまで自分の好きなように生きてきたのだから、これからの10年は家族のために捧げよう!(その後20年に変更)」

あの選択は間違っていたとは思いませんし、後悔もありません。大変だったとか辛かったという思いよりも、楽しかった思い出の方が多く残っているからです。

しかし、子供達はもう私の手を借りずとも生きていけるくらいに成長し、外国人夫も今では日本にすっかり慣れ、私がお手伝いすることも必要なくなりました。むしろ、私が養ってもらう方になったのですから。

作り上げたものは、私の手から離れてヒラヒラと飛んでいったのです。
どんなに高く積み上げようと、美しく作り上げようと、それは自分のものではありません。夫の人生は夫のものであり、子供の人生は子供のものです。
それは当たり前のことでわかっていたつもりでしたが、子育てに必死になっているときはそんなことを意識する余裕もありませんでした。

長女が大学生に、次女が高校に上がったとき、思ったものです。

「さて、これから徐々にまた自分のために生きていけるのね!」

それは長いこと待ち望んでいたことでした。しかし、よくよく考えてみれば「自分のための人生?」「はて、なにがしたい?なにができるかしら?」と足が止まってしまったのです。

漠然と自由になることを求めていただけで、その自由を手にした時にどう行動するかの準備が全くなかったということです。

それだけ家族のために全力投球してきたといえば聞こえはいいですが、要はバランスがとれていなかったのです。
趣味なり仕事の準備なり、将来に向けてのプランを作ることなく、その時目の前にあったやるべきこと(家事育児)しか目に入らなかったということです。

このブログにも度々「趣味がない」「ハマれるものがない」と書いてきましたが、ひょっとしたら自分の中でそんなきっかけや出会いを自ら切り捨ててきたのでは?とすら思います。





自分の中に残っているものってなんなのかしら?

結婚する前はなにをしていた?

どんなことをして楽しんでいた?

もしかしたら、それらが本来自分のやりたいことであったり、趣味になりえることなのかもしれないと思いましたがどうもしっくりはきません。

もう時代は変わりました。そして私も20代の若者ではないのです。
それは洋服選びにも似ていて、「この服ステキ!こんなのを着てみたい」そう思っても、いざ試着をするとまったく似合っていないという悲しい結果になります(笑)

では、今何ができるのか?
手近なところではやはり趣味やお仕事ということになるでしょう。

お仕事も楽しくはありますが、パートタイマーなので、ライフワークとなるようなものではありません。
人と一緒に足並みを揃えて働くこと、なにがあろうと仕事さえきちんとしていれば、月々決まったお給料を頂けるということ、そんな当たり前のことに新鮮さを感じてはいますが、実際にその仕事を続けることで確固たるものが自分の手の中に残るとは思えません。

では、趣味になるようなことは?
お友達が自分の夢中になっている趣味のお誘いなどをしてくれても、まったく心動くことなく、どんなことに自分が夢中になれるのか、今もわかりません。

だからこそ、今の私はとっても焦っているのです。





あと3年すれば下の娘も成人を迎えます。
つまり3年後には、私は完全なる自由を手にすることになるのです。

趣味の多い外国人夫などは、3年後を心待ちにしています。仕事の方はペースダウンして、自分の趣味にとことんのめり込んで暮らしたい!と楽しそうに語ります。

先日、本屋さんでシニア世代の生き方をテーマにした雑誌がありました。
手にとってパラパラと見てみると、そこには様々な趣味や仕事に生きがいを見つける人の姿が紹介されていました。

そんなものを見てしまうと、さらに私の焦りは加速するのです!

私がブログを始めたのも、またお仕事をしたいと思ったのも、花の種を植えたのも、きっと無意識のうちに自分の生活に焦りを感じていたからなのかもしれません。
とにかく何かをしなければという焦りが、そういう選択をさせたのでしょう。

幸いなことにブログは思いのほか楽しく、好きなことをぶつぶつと呟きながらもなんとか継続しています。
しかし、「これが私の趣味です!本当にやりたいことなのです!寝食忘れて取り組みます!」というほどの思い入れはありません。

3年後、真の意味で自由になった時はきっとぶらりと旅にでも出るだろうとは思いますが、できることなら日々もう少し気楽にできる何かを見つけたい。。。

長いような、短いような3年。。。

考えれば考えるほど、私は焦るのです。

と、そんなことを真剣に考えるなんて、もしや私は更年期なのでは⁉︎ この低気圧のせいかも⁉︎と、そう思わないでもありません。

よくないことはなんでも更年期と低気圧のせいです(笑)

過去のことを悶々と悔いていても仕方ないので、そう思うことにしておきますが、いま専業主婦として家事育児に邁進している若い方々には、老婆心ながら「20年後の自分」というものを考え、準備しておくことも必要だと申し上げたい!

今は「妻でも母でも輝きたい」という風潮なので、若い専業主婦の皆さんは色々なことをしていると思いますが、家事育児から自由になった時に何がしたいのか、何ができるのか、その足がかりとなるようなものを持っているべきなのではと思います。

私も今はかなり焦ってはおりますが、それもこれも、どんな年齢になっても常に未知なる体験をしたい!自分のことは自分で決めて行動したい!そんな思いがあるからこそ。
誰かの敷いたレールの上を歩くのでもなく、誰の真似をするのでもなく、誰かについていくのでもなく、自分で自分の道を開拓していきたいと強く思うからこその焦りです。

焦るということはまだまだ元気な証拠ということ。捨てたもんではないのかも(笑)

そして、こんなとりとめのないことを、思う存分書き散らかす場所があるだけ幸せなことなのかもしれない。。。
そう思うのでした。