今回の旅は出雲大社参拝以降はわりとざっくりで、立ち寄る街こそ決めていましたが、そこでどこを見て歩くのかはその時の気分でと思っていました。
地図を見ながら、ひたすらぶらぶら。
最近は京都旅でも同じようにぶらぶらと街の雰囲気を楽しみながら街歩きすることが増えましたが、松江でも同じようにとにかく歩きました。
市内観光に便利な「ぐるっと松江レイクラインバス」、松江城を囲む堀川の遊覧船など、足となる交通機関はあるのですが、今回は松江駅から松江城に行く際に一度市営バスに乗っただけで、後は地図を見ながら丸々一日中歩いての観光でした。
前回投稿した『喫茶きはる』を出た後、さてお次はどこへ行こうか…
たまたま近くに不昧公ゆかりの茶室「観月庵」のある普門院があったので、ちょっと興味を持って寄ってみましたが、この日はあいにくの定休日でした。

残念ですが旅とはそんなものです。ご縁があればいつかまた訪れることができましょうと、またテクテクと歩き始めましたが、美味しい和菓子とお茶を期待していたので、ちょっとがっかり。
それなら!と向かったのは、武家屋敷から少し高台に登ったところにある『明々庵』。
不昧公が29歳の時に指示書を書き作らせた茶室です。

まず松江を「茶と湯の街」とした立役者である松平不昧公について、少し長くなりますが明々庵ホームページに詳しい説明があるので添えておきます。
宝暦元年(1751)~文政元年(1818)雲州松江藩七代藩主、幼名を鶴太郎、名を治郷(はるさと)といい、未央庵(みおうあん)・一々斎(いちいちさい)・宗納(そうのう)・不昧などの号をもっている。
不昧の号は、江戸天真寺の大顛和尚(だいてんおしょう)が、無門関百丈野狐(むもんかんひゃくじょうやこ)の章「不落不昧(ふらくふまい)」から命名したもので、公は特にこの号を愛用した。
17歳で襲封し、国家老朝日丹波(あさひたんば)の補佐を受けて藩政改革を行ない治績をあげた。また若くして茶を学び、二十歳で真の台子(だいす)の伝授を受けている。茶事の奢侈贅沢(しゃしぜいたく)を戒め、茶道は修身治国の資(もと)たるべきを茶道随筆「贅言(むだごと)」で説いたが、家政が豊かになるにしたがい名物茶器収集に没頭し、「古今名物類聚(ここんめいぶつるいじゅう)」十八巻の大著をはじめ、多数の書物を著している。
収集の名物は代々大切にすべきを論して、品目は「雲州蔵帳(うんしゅうくらちょう)」として知られる。
文政元年4月24日江戸大崎で68歳の生涯を終えた。
武家屋敷などが並ぶ塩見縄手から横道へ入り進んでいくと、『明々庵』への案内がたくさん出ているので迷うことはありません。
こちらの階段を登り高台へ。

まず目に入るのが城見台。ここから遠く国宝松江城が見えます。遮るものが何もない絶景です。

こちらから中へ入り受付へ。
入場券と茶券を支払い後は自由に見学できます(お茶券はお茶を楽しみたい人だけ。お茶室の見学だけでもOK)。

他に誰もおらず貸切状態だったので、まるで時が止まったように静かでした。

明々庵

不昧公の好みにより1779年に造られた母屋造の茶室で、島根県指定有形文化財に指定されています。
不昧公自身もたびたび利用したというこの茶室ですが、松江からなんと東京の原宿、さらに四ツ谷へと移築を繰り返し、昭和3年にようやく松江にお里返りしたといいます。
間取りは二畳台目と四畳半、水屋と台所も完備されています。

こちらが本席 二畳台目。
脇に「刀掛け」の文字。日本刀好きゆえ、こういうところに浪漫を感じてしまいます(笑)

通常ある中柱はなく、炉も点前畳に切る「向こう切り」とするなど、不昧公の定石にこだわらぬ自由な発想が活かされています。
床の間には不昧公直筆『明々庵』の掛け軸が見られます。

横に回ると貴人口。本席と違い間口は開け放たれ広々。

これはお偉い方をお迎えする際、頭を下げて入って頂くのは…との配慮からこのような作りになったそう。

お隣には美しく整えられた枯山水が見られる出雲流庭園。

『明々庵』見学のあとは、お待ちかねお茶とお菓子をいただきます。
『明々庵』に併設された百草亭。

受付脇の玄関から入り、案内された百草亭のお座敷。
ここでは美しいお庭を眺めながらお茶とお菓子がいただけます。

私は和菓子好きではありますが、お茶に関しては所作等詳しくありません。おまけにお恥ずかしいことに正座もできません…
子供の頃から椅子で生活してきたので、正座が大の苦手なのです。
正直にそんなお話をしたところ大丈夫ですよと低めの椅子とテーブルを用意してくださいました。
作法やしきたりに縛られず茶に親しむ、そんな不昧公の茶の道がここでも息づいていること感じました。
そしていただいたお菓子がこちら。
不昧公三大銘菓とされるお干菓子から2種。
左)若草
右)菜種の里

柔らかな求肥に鮮やかな緑の寒梅粉がまぶされた若草。
菜の花を思わせる美しい黄色、菜種の里はほろほろとした繊細な食感の落雁。

どちらも茶処松江銘菓に相応しい、味わいのお菓子です。
お菓子をいただいた後にお抹茶。
これがものすごく美味しくて、点てる人によってこうも味が変わるものか…
自分でシャカシャカしたものとは雲泥の差です。。。

写真を撮るのも忘れてこのお茶の味わいを楽しんでしまったので、お見せできないのが残念です。。。
あまりにゆっくりしみじみとした時間、またご案内してくれた方のお話も興味深く、なんとも素敵な時間を過ごしてきました。

こちらではお茶やお菓子のお話をはじめ、街の歴史など本当に丁寧にお話しを聞かせてくださり、この会話もつくづくまた松江という街を感じさせてくれるものでした。
不昧公さんは茶人としての風流なイメージが強かったのですが、実は実は人脈広くやり手のビジネスパーソンであったことも初め知りました。
実際、その土地を訪れたからこそ感じられる街の雰囲気というものがあります。
この松江こそまさにそんな街で、茶の湯文化に少しでも触れられように感じました。
ちなみに松江といえば小泉八雲ですが、記念館など関連施設はどこもおばさん、おじさんでなかなか混み合っていて…
私もおばさんではありますが、その時の気分とは合わなかったので、今回はそのまま通り過ぎました。
以前なら、その地を訪れたからには!と、かなり力を入れて、無理してでも名所とされるような所、話題の所は見て回ったものですが、最近はその時の気分でゆるり旅です。