専業主婦という生き物

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2018年の運勢?占いなんて信じない。いい時もあれば悪い時もある。運を天に任せた人生を生きるのだ!

私、占いは信じません。嫌いではないのですが、天邪鬼なものでついつい「そんなわけないわ!当たってないわ!」と心の中で突っ込みまくってしまうのです。
これはもう昔からです。まだ若い頃、周りのお友達が雑誌の占いページを真っ先にチェックしたり、よく当たると評判の有名占い師の元へ行くのを目にするたび、「そんなの当たらないよ〜」と茶化していました(笑)
神社仏閣へお参りしたりするのは好きなのですが、巷のなんとか占いなどはどうも信じられなくて。。。

人生なんて、人に聞いたところでひっくり返るもんでもないし。。。運がなければ、どんなに頑張ったところで無駄なこと。逆に運を味方につければ、百人力よ!
などとうそぶいていたものです。

占いなんかより、自分の「感」を研ぎ澄ませて、訪れた運を見極め、その波を逃さずに乗りこなすタイミングを計ることだ!
と、そんな事ばかり考えていたような気がします。
あれから30年近く経過し、思うことは今でも基本的に変わりません。50年以上も生きていれば、自分の力ではどうにもならない「運命」のいたずらといったような事に遭遇する事も多々あり、ますますそんな思いは強くなっているのです。



私は物事を複雑には考えず、なるべくシンプルに気楽に捉えるようにしています。
どんなに悩み考えたところで、運に見放された時は手も足も出ないものです。ただただ多少の足掻きを見せつつも、嵐が去るのを待つしかないといった感じで凌いできました。

自分がどんなに頑張っても努力しても、どうにもならないことってあるのです。
ことごとくツキに見放され、何をしても裏目に出て、どうにもこうにも上手くいかないということが。
そんな時、どうしてそうなるのよ⁉︎と考えると、それは自分の人生に他者が介在するからというのが一つの大きな原因になっていたりするのです。
人のせいにするところが物凄く自分らしいなと思ったりもするのですが(笑)
そこには紛れもなく「運」というものが存在します。自分が出会う人間、関わり合う人間は、時に自分では選べないものです。学校や会社で出会う先生や上司、同僚などがそのいい例です。自分が尊敬できない人と同じ時間、場所を共有しなければいけない場合、まさに「運が悪かった」ということなのです。
よく、学生時代の恩師に影響を受け云々などというお話を聞きますが、そんな出会いを得ることが出来た人は運がいいのです。私など、学生時代にそんな尊敬できる師に巡り合ったことなどありませんからね。
人との出会いは人生にとって重要なものです。運命自体は変わらずとも、人生に多少の波風を与えるものだからです。
自分を変えることはできても、他者を変えることは容易ではありません。相手が自分の思惑と外れた行動をすれば、その余波を受けることは避けられないということです。ここが人生を複雑にしている!と私などはよく思うのです。
人の意識という目に見えないものに、自分の人生が少なからず左右されるだなんて、たまったものではないなぁ。。。などと思いながら、では自分でできることはなんなのか?と考えたりもしますが、何をしてもダメな時はだめなのですよね。とにかく運命を受け入れ、変える努力をし続けるしかないという答えしかないのです。
努力といっても大層なものではありません。簡単に言えば、納得がいくように生きるという事です。

真っ直ぐな道を歩いていて、どこへ繋がっているかわからない横道を、リスクをもってあえて行くか、辛くてもその一本道を歩き続けるか、それは自分で選択できることです。
どちらの道へ行くにしても、その先になにが待っているかわかりません。それこそまさに「運」です。
しかし、選ぶということは確実に自分の意思です。誰が決めるのでもなく、自分で選択した道を行き、あとは運を天に任せる。
誰かに誘導されたのでもなく、決められたのでもなく、自分で選んだ道を行き、もし失敗したら「運が悪かったなぁ」と、また違う道を必死で歩く。この繰り返しこそが、「良運」を呼び込むために唯一できることなのではないでしょうか。
まさに「好きに生きる」ということです。

人間生きていれば、いい事も悪い事も同じようにあります。
別記事で人の死についての話を書きましたが、「明日」があるかどうかなど、誰にもわかりません。
占いの結果に右往左往している暇はないのです。あるかないかわからない先を占ってもらって未来を知ることに、私は意味を感じません。
知らなくてもいいのです。その分、今を大切に、やりたいことをして一緒懸命に生きていければ、きっと後悔は残らないからです。
私、何が嫌かといえば、後悔を残すことなのです。激しく悔しがりな性格なものですから、「やっとけばよかった。。。」などという小さな後悔すらストレスになってしまうのです。
しかし、その時々で自分の思う通りに生きれば、後悔は残りません。期待した結果にならなくても多少は得るものもあるでしょうし、なによりも諦めもつき、「この件は過去のものとなりました〜」と、その先に進もうという気持ちにもなれます。

「人生楽ありゃ苦もあるさ」なのです。
まさにどんな人もツイている日もあれば、不運に見舞われる日もあります。
人生とはバランスです。幸福と不幸は程よいバランスの上に訪れると、私は信じています。
だからこそ、不運な時は嵐が去るのを慎重に待ち、ここというチャンスが訪れた時には、幸を呼び込むために行動を起こす。
こんな風に考えていると、どんな悩みもどんどん小さくなり、心を煩わせているものも、どうでもよくなってくるものです。

自分のことを全く知らない誰か(占い師)に自分の人生を示唆されるよりは、「私ったらツイてるわ!運がいいわ!」と、自分で選んだ道を「孤高の人」の如く進む。そんな能天気な生き方こそが私の理想なのです。

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