専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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キラキラ女子の闇。ブランド品で身を飾っても女としての価値は上がらないどころか下がる事すらあるという話。

先日、スペアルームの断捨離を敢行したところ、若い頃に使っていたブランドもののバッグがいくつか出てきました。
当時の物はほとんど処分してしまいましたが、ロングセラーの定番モノだけは取っておいたようです。

モノがいいだけに(高かった)今でも充分に使えるコンディションです。しかし、一目でここのブランドだ!と主張しているようなバッグはもう持ちたくはありません。
使わないものは処分しよう!と思っていたところ、大学生の娘が「私にちょうだい!」と声を上げました。



「学生がブランドバッグなんか持っても格好悪いわよ。こういうバッグはヨーロッパではマダムと言われる年代の女性が持つものよ」

娘にそう言ったのは、まさに私が海外で外国人友達から指摘された事です。

「でも、大学のお友達とか結構みんなブランドのバッグ使ってるよ!」

娘はそう言います。
自分も若い頃、嬉々としてそんなバッグを持っていたのでそれもわかります。しかし、若い娘が何十万円もするバッグを日常的に使うなんて、よく考えたら普通ではありません。

「みんな、学生なのになんでそんなバッグが買えるの?」

「バイトしてるんだって」

そこからどんなバイトを週にどれくらいしているのかなど根掘り葉掘り聞いてみました。

「それがね、ガールズバーとか、美人の子なんかは会員制のラウンジとかでやってるんだってよ」

やはりそうか!
そもそも大学1年生は毎日のように学校があります。そんな中で1日数時間バイトしただけではそれほど稼げるわけがありません。
しかし時給5000円以上もするような仕事ならそれも可能です。

20歳にも満たない女の子が夜の仕事をするというのは稼ぐ以上のデメリットがあります。
どんな高級なところでも、水商売は水商売。人はそう見るものです。

「でも、きちんとしたお客さんばかりで、ちゃんとしてるからお触りとか一切ないって」

娘は割と肯定的です。
これは私が年寄りだからでしょうか?時代は変わったのでしょうか?

「あなたもそういうバイトやりたいの?」

思わず尋ねてしまいましたよ!
大学生になり、私服でウロチョロとするようになってから、そういったお店からスカウトを受けることが多いらしく、度々そんな話をしていた娘です。

「いや、私はやらない。スカウトされた話とかボーイフレンドにすると、やめてよねって嫌がるから」

「お友達の彼氏とかは何にも言わないのかしら?」

「彼氏には内緒だってさ」

やはり時代は変わっていませんでした。。。
男性が自分の女にはさせたくないと思う仕事なのです。
男の目を気にして仕事を選べというわけではありませんが、将来どんな人との出会いがあるかはわかりません。本当に一緒になりたいと思った相手が出来た時、過去に足を取られるなんて損なことです。
気にしない男性もいます。しかし話が結婚ともなれば、外野(家族、親戚一同)も黙っていないでしょう。
とりわけ、家柄の良い家などに嫁ぐ事態になったときには、問題になる可能性もあります。

実際に専業主婦社会でもあるのです。とってもお金持ちで美人で、良きママとして頑張っている人も

「あの人、元ホステスよ。店で今の旦那さんと知り合ったんだって」

「だからなんとなく品がないのね」

などと噂されたりするのです。
その奥様、客観的にみてとっても上品で丁寧な方です。
どこといっておかしなところもないのに、「過去」にかこつけてそうしたことを言われるのです。
セレブな奥様達からは軽蔑をもって格下扱いされ、平民奥様達からは「そういう仕事をしなければ生きていけないほど貧しかったのかしら?」などと嫉妬半分に井戸端のネタにされたりと、表向きはともかく裏では不愉快なことを言われているのです。
どんなに美しく裕福でもマウンティングされれば一番下の位置に落としこまれてしまいます。



お洒落をしたいのも女なら当然のこと。素敵な服を着て、高価なバッグにアクセサリーを身につけ、ドヤ顔で歩くのも気分がいいでしょう。それは若いからこそ楽しめることとも言えます。
しかし、自分を美しく保つこと、キラキラさせるのためにはお金がかかるものです。その資金をどうやって調達するか。そこで短時間に高額稼げるバイトとなるのでしょうが、それはマテリアルしか考えていないのです。
メリット、デメリットを天秤にかければ、そういう判断にはならないはずです。
しかしながら、自分の女としての価値を貶めてまで身を飾らないと満足できないというのは、心の何処かに闇を抱えているせいではないでしょうか。

ブランド品で身を飾らなくても、若さは充分に女を魅力的に見せてくれます。あれこれと付け加えて美を作るのは、歳をとってからすることです。
それを実感できないのは、心になにかしら問題があるのです。
ありのままの自分でいられないというのは、つまり自分に自信がないからです。誰にでも劣等感はありますが、それ以上に誇れる部分があると自分で認めることが出来れば、余計なアクセサリーはなくても生きていけます。

どんな仕事を選ぼうが、その人の自由です。誰も非難する権利などありません。
たとえガールズバーだろうがラウンジだろうが、若くしてその道で成功を収めている人もいますから、それはそれで天晴れとも言えます。ある意味人の目など気にせず、自分の道を進んでいった結果となれば、その強さに感服するくらいです。

しかし、人は様々な出会いによって考え方も生き方も変わっていくものです。
将来、どんなことがあったとしても、自分のしてきたことを後悔しない生き方を娘にはして欲しいというのが親の願いなのです。

結局、例のブランドバッグ含め、その他使わなくなった品々は娘が使うということで自室へ引き取っていきました。
スペアルームがスッキリしたので、よしとしましょう!

『松風庵 かねすえ』のわらび餅。池袋へ行ったら買いたいおすすめのテイクアウト和スイーツ。

池袋はあまり得意な街ではありません。10代の頃はお友達が住んでいた関係で時折遊びにいったりもしていましたが、大人になってからは積極的に出向くこともなくなりました。
ただ、お友達に池袋を指定された時と、百貨店の催事があるときは別です!
しかし足を運ぶ場所と言えば、駅直結の西武デパート、東武デパートのみなので、よく知らない街なのです。



つい最近もお友達から呼び出されて行ってきたのですが、お目当てのお菓子は特にありません。デパ地下スイーツなどは他の場所でも買えるので。
しかし手ぶらでは帰りたくありません。せっかく普段あまり行かない街へ行ったのだから、サクッと買えるものはないかとキョロキョロ。

そこで目についたのが、『松風庵 かねすえ』さんのわらび餅です。
以前、外国人夫がお友達から頂いたと持ち帰ってきたのを食べた際、とても美味しかったのを思い出したのです。

『松風庵 かねすえ』さんは四国、高松の和菓子屋さんで、東京ではあまりお見かけしませんが、地元ではかなりの人気店のようですね。

東京には池袋駅の他、羽田空港や町田駅にも店舗があります。
池袋店は駅改札の中と外にあるそうで、どのみち駅から出ない私にはもってこいです。

持ち運びは常温で、帰宅してから冷たく冷やしてお召し上がりをとのことだったので、そのようにして頂きました。
こちらは小さなサイズで450g入り。お店の方はこれで2人分くらいと言っていましたが、3人くらいでも十分な量でした。

きな粉がたっぷり。大きさの不揃いなわらび餅は思いのほか腰が強く、さすが本わらび粉使用といった食感です。


黒蜜は特製の和三盆蜜(180円)。こちらは別売りとなっていますが、とっても濃厚で上品な甘さがわらび餅とよく合いますのでおすすめです。



お値段も一箱1200円と、量を考えればとてもリーズナブル。普段使いできるお値段が嬉しいところ。
これからは池袋へ行くたびにリピートしてしまいそうです。
以前ご紹介した『一幸庵』さんとはまた違った美味しさを感じさせてくれるわらび餅でした。

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この日は他にも甘いものをゲットしてきました。
帰りには東武デパートの催事で出ていた北菓楼さんの『開拓おかき』が最終日だったので、そちらもまとめ買い。
自分でも「どれだけ好きなんだ⁉︎」というくらいに大好き。万年中毒状態です(笑)

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干菓子ならこれ!吉野の葛菓子『吉野懐古』松屋本店。吉野葛の味わいと和三盆香る奈良の逸品!

私が食後に甘いものを食べる習慣ができたのは、外国人夫と結婚してからです。
私の実家では食後に必ずフルーツを食べていましたが、ケーキなどのお菓子を食べる習慣はありませんでした。

晩御飯を食べた後に「何かない?」とゴソゴソしだす夫に「これだけ食べさせてもまだお腹いっぱいにならないの⁉︎」と思ったものですが、探していたのは「別腹」に入るものだったのです。
以来、必ず甘いものを用意するようになりました。豪勢なものでなくてもいいのです。たとえチョコレート一欠片でも甘いものが別腹に入れば満足するので。

いくら甘いものが好きな我が家とて、いつもいつもケーキなどがあるわけではありません。
そんな時に重宝するのが「干菓子」です。




「干菓子」は日持ちもしますし、ちょっと甘いものが欲しい時に一口ポイっと食べられるのがいいところです。
このような繊細なお菓子って、何故かたくさん食べずとも満足できるので、ケーキなどのようにあまりカロリーを気にする必要もありません。

私は虎屋さんの干菓子が大好きなのですが、こちら『吉野懐古』もデパートの全国銘菓売場などで見かけると、思わず手にとってしまうお菓子です。

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干菓子ってビジュアルの美しいものが多いです。
この『吉野懐古』も、桜の名所として名高い吉野山の桜をイメージして作られたというように、見ているだけで満足できるくらいに綺麗なお菓子です。


吉野葛と阿波の和三盆糖を使用したこの干菓子、お口に入れると解けるように溶けていきます。葛の風味を和三盆の柔らかい甘さが包みこんでいくような淡白で上品なお味で、ついつい「もう一つ、もう一つ」と手が伸びてしまいます。

我が家の外国人夫も

「この見た目といい、味といい、日本ならではのシンプルな美だ!」

そう言って、ポイポイと口に運んでいます。
そんなパクパク食べて、この繊細なお菓子の良さが本当にわかっているのかしら。。。
そう思うと、あんまりあげたくないわ。と思うのでした。

大地震など災害への備え。ストックの確認と今すぐできる防災対策として新たにやっておいたこと。

小さな地震、大きな地震、最近あちこちで起こっています。また大雨による水害など災害のニュースを見るたびに、これを人ごとだと思ってはいけないと思っています。
東日本大震災の際、ここ東京もかつて経験したことがないほどに揺れました。我が家は幸いにも被害はありませんでしたが、マンションの高層階や古い日本家屋に住んでいた友人などは、食器棚の中の物が外に飛び出したり、家具が倒れるなど、家の中がひどい状態になったそうです。

コンビニやスーパーから品物が消え、牛乳や米も買えない状態だったのを思い出します。近隣の飲食店は営業停止する店も多く、街の街灯も消されていました。また、放射能被害から逃れるためと一次的に東京を脱出する人が続出し、しばらくの間街は暗く閑散としていたものです。




あれから7年、そんな記憶が徐々に薄れて行くのと同時に防災意識も低くなってきているのを感じます。「備えあれば憂いなし」と言いますが、周りのお友達にきいてみても「防災バッグくらいはあるけど、何年も中身を確認してないわ」「押入れの奥にしまって、すぐには出せないのよね」など備えは万全ではないようです。
我が家とてそれは同じようなもので、ストックはあれどきちんと整理がされていなかったりと、かつての緊張感はすっかり失われています。

そこでお部屋の片付けついでに、今一度チェックをしてみることにしました。

ストックしてあるもの

ペットボトル

日頃から外国人夫から水だけはたくさんストックしておくように!と、口を酸っぱくして言われているので、2ℓのペットボトル6本入りの箱を10ケースほどストックしてあります。
先日大きな水害に襲われた広島でも、現地の方が「何よりも水!電気よりも水が大切なんです!」と言っていました。とにかく水がなければできないことはたくさんあります。命を守る上で水は一番必要なものと言えそうです。

給水タンク

ペットボトルの水だけでなく、給水車がきた時などのために水を入れる容器も必要です。しかしタンクをいくつも置いておく場所がないので、我が家では5ℓ入る折りたためる厚手のビニール容器を4枚用意してあります。

*ちなみに大人一人が1日に使用する水の量は3ℓだそうです。3ℓを1週間分で一人21ℓ。我が家は4人家族なので1週間で84ℓ必要な計算になります。2ℓ入りのペットボトルで実に42本 。我が家では常時60本以上のストックがあるので、なんとか基準は満たしているようです。

紙類

トイレットペーパー・ティッシュペーパー

トイレットペーパーは12ロール入りを6パック、ティッシュペーパーは5箱入りを5パック、ストックしています。ペーパー類はトイレだけでなくあらゆるところで使用できると考えています。
置く場所もとりますし、こんなに必要かしら?とも思いますが、東日本大震災の際にはこれらの物もかなり品薄になっていましたので、あるに越したことはないでしょう。

最近では「4ロールで12ロール分」という省スペースを考えたコンパクトなトイレットペーパーも出ていますので、多少はスペースの問題も軽減されるかもしれません。私もこちらに移行している途中です。


ナプキン・おりものシート

我が家は女が3人いるので生理用品も忘れてはなりません。こちらは30個ほど入ったものを8パック。またお風呂にも入れないことを想定し(下着を換えられない)、おりものシートも4パックほどおいてあります。

紙類のストックも水同様にかなり場所を取るものですが、衛生面を考えるとこちらもしっかりストックして置く必要があると思っています。
これ以外にも、小さなお子さんがいる家庭では紙おむつやおしりふきなども必要になります。知人の家を訪れた際、廊下にずらりと紙おむつが積んであったのを思い出します。

食料

●米は普段から無洗米を使用しているので備蓄用としてストックしているわけではありません。我が家はあまりお米を食べないので、常時5キロ程度です。

●乾麺(パスタ、蕎麦、素麺、稲庭うどんなど)
こちらも普段よく使用するものなので、常時各3パック程度のストックになるよう、使用したら買い足してとローテーションしています。

●レトルトのご飯やカレー、缶詰(焼き鳥、コンビーフ、ツナ、コーン、パスタソースなど)は、消費期限をチェックしながら保存していますが、それほど数は多くありません。

●カセットコンロとボンベ
いざという時に使用できる状況か否かはわかりませんが、家さえ無事であれば簡単な調理にも使用できると思うので、用意していて損はないと思っています。

懐中電灯、乾電池

小型のハンディータイプを2本、大型1本。また電池不要の手巻き卓上用が1台。
乾電池も各大きさのものをストックしてあるのですが、家族の誰かが知らない間に持ち出して勝手に使用してしまうので、気付いた時になくなっていたなんてこともよくあります。今回も久しぶりにチェックしてみたところ、単4、単3ともにストックがわずかとなっていました。気をつけなればいけませんね。。。
電池などは震災後には入手しにくいものの一つです。以前の震災の際もお店からあっという間に姿を消したので、用意しておくべきでしょう。

簡易トイレキット

食べることも大切ですが、トイレも同じくらいに重要です。過去の震災ではトイレに行くことを避けようと水分を摂らなかったために命を落とした方が何人もいたそうです。
我が家ではトイレの中にビニールをセットしてそこに凝固剤のようなものを入れるタイプをストックしてあります。


ストックはローテーション
水や食料品、ペーパー類は普段の生活で日常的に消費するものなので、ストックとして別に保管するのではなく、古いものから使いながら、使用した分だけ買い足して行く「家庭内流通式」にしています。
これなら乾パンなどの非常食以外は、いざという時に消費期限が切れていたという自体を回避できます。

防災バッグ

・救急セット(絆創膏、ガーゼ、消毒液など)ウェットティッシュ、手ピカジェル、虫除けスプレー)
・ビニール袋、45ℓゴミ袋、軍手、スリッパ、ラップ
・スニッカーズチョコ

普通は持ち出し用として用意しておくものなのでリュックなどに入れておくものですが、私はなぜか箱に入れているのです。箱を抱えて避難しようと思っていたわけではなく「我が家は地震があっても安全だ、倒壊などしないであろう」という思いがあったせいです。
しかし、どんなタイプの災害がどんな規模で襲ってくるかはわかりません。絶対に大丈夫という保証はないのですから、様々なケースを想定して備えておくべきであると思いました。
一時避難持ち出し用防災グッズを箱から古いリュックに移しておきました。



部屋の地震対策

大きな地震などが発生した際に気になるのが家具の配置です。阪神淡路大震災を経験した知人の話で大きなテレビが飛んできた、洋服ダンスが自分めがけて移動してきたなど想像できないような話をたくさん聞きました。当たり前のように置いてある家具が凶器にもなり得るということです。

大型家具を置かない

ざっと見渡してみると我が家に大型家具はほとんどありません。もともと大きな家具で場所を取られるのが嫌で置かないようにしていたからです。タンスなども背の低いローチェストしかありません。
それでも多少は気になるものがあります。まず娘の部屋にあるピアノです。結構な重さがあるので倒れたときは危険です。たとえ就寝中に倒れても危害がないような位置に配置しています。
もう一つはリビングにある大型のテレビもかなり不安定です。足のところに揺れを吸収するというマット状のものをつけていますが、見ていると少し大きめの地震が来るとゆらゆらしています。震災級の地震がきた際には飛んでしまうのではとも思うので、座る位置などはテレビからなるべく離すように配置しています。

とにかく寝ている時のように無防備な状態でも家具に潰されることがないように気をつけています。家具を固定すると言っても限界があると思うので、やはり大きな家具は置かないというだけでかなり安全性は高くなると思います。

キッチン

キッチンもかなり危険な場所と言えます。まず冷蔵庫が大きくて重たいです。我が家は大型冷蔵庫に加えて、中型の冷凍庫もあります。通常の賃貸マンションなどはあらかじめ冷蔵庫の入る場所が決まっているところが多いものです。さすがに場所を変えるのは難しいのですが、幸い現在の家は長方形の独立型キッチンで、たとえ冷蔵庫が倒れても進路を塞がない配置になっているので大丈夫そうです。

冷蔵庫以外にも、電子レンジ、トースター、炊飯器などもあります。これらも高い位置ではなくたとえ落ちても人には危害がないよう低めの場所にまとめてあります。
とにかく、頭上など高いところに重量のあるものを置かないことだ思い、食器収納なども見直してみることにしました。

調理器具、食器の収納

これまで食器類は自分の顔よりも上にある備え付けの収納棚に入れていたのですが、これでは大きな地震が起きたときに全て落ちてしまうなあ。。。と常々思っていました。扉が開かないようにストッパーなどをつけることも考えましたが、面倒臭がり屋な私は留めたり外したりなどマメにできる訳がありません。しかも、もしもキッチンで料理をしているような時間帯に大地震がきたとしたら? 頭の上や顔にお皿やお茶碗、カップなどが降ってくるでしょう。大きな皿などに顔を直撃されたら大怪我をする可能性もあります。

これは大変だわ!と、早速収納場所を上の棚から下の収納へ移しました。これまで下には乾麺や調味料など冷蔵する必要のない食材を入れていたのですが、これらは上の棚へ移し、重量のある食器類と入れ替えました。
下の収納にはガラスや陶器の食器、またカセットコンロやホットサンドメーカーなども全て下の収納。鍋やフライパンなども別の足元収納へ。
上の収納には乾燥食材やタッパウエアーなど重さのない、落ちても破損しないものを収納しました。

これならたとえ棚の物が落ちてきても割れたり怪我をすることもありません。動線的には慣れていないせいか最初は少し使いづらさを感じましたがじきに慣れました。とにかく合理性よりも安全性第一です。

この時、使用していない食器などを断捨離したりとすっきりと整理できたので一石二鳥。たまに見直してみるものですね。

まとめ

忘れた頃に各地で小さくない地震が起きていることから、急に思いついて防災対策のようなことをしてみましたが、防災グッズも含め、まだまだ備えておかなければいけないことはたくさんあると改めて感じました。
「喉元過ぎれば。。。」で、ついつい先送りにしてしまいがちですが、早めに対策を施しておくに越したことはありません。とはいえ、忙しい毎日に追われ、そのうちに防災意識も薄らいでいく。。。
だからこそ、どこかで地震が起きた時こそ人ごとだとは思わずに、備品のチェックをしたり、大地震に直面した時の備えを考え直す機会にしています。

自分一人の知恵だけでなく、家族や友人などと意見交換をしながら、常に防災意識を忘れないようにし、より強固な備えをしなければと思いました。

早く携帯用小型ラジオを買わなくちゃ!

「もう一生ゲームはやりたくない」と思うほどインベーダーゲームをやらされた話。

今週のお題「ゲームの思い出」

昭和の人間にとってゲームといえば、『インベーダーゲーム』です。
ただ上にいるUFOを撃ち落とすだけのゲームですが、じわじわと侵略してくる敵の攻撃をかわしながらちょこまかと動かなければならず、まだ中学生だった私にとってはなかなか難易度が高いゲームでした。
このゲームに夢中になっていたのは私だけではありません。それこそクラス中の誰もが毎日のように、学校が終わると猛スピードでゲーセンへ走ったものです。

あまりに熱が入りすぎ、夜遅くまでゲーセンに入り浸る輩がでたせいか、ある日学校から「インベーダー禁止令」が発動されてしまいました。
しかし、思春期の真っ盛りの私達は大人の言うことなど聞こうとはしません。
禁止令を無視してゲーセンへ行った友人達は次々と見回りの教師に捕まり、親共々お説教をされ、以後ゲーセンには足を踏み入れないとの約束をされたのでした。
そんな中、私は捕まることもなく一人インベーダーを楽しんでいました。
何故ならば、ゲーセンではなく場所を喫茶店に移していたからです。
教師達もまさか中学生の女子が一人で喫茶店でゲームなどに興じているとは思わなかったのでしょう。完全なるノーマークでした。

しかし、そんな楽しい日々も束の間、私は友人のタレこみによって確保されました。
ゲーセンで遊ぶよりも、喫茶店に一人出入りしていたことの方が罪は重いと見なされ、夜の教室でお説教をされることになりました。

教師から連絡を受けて学校へ来た父は、事情を聞いた後に「なぜゲームをしてはダメなのか?」「どこでならいいのか?」「どんな遊びならいいのか?」など、教師にあれこれ質問をし、学校の規則に触れない遊び方を考えようではないか!と、教師達の思惑とはまったく逆方向に暴走したのでした。こうなるともうお説教どころではありません。
私は可笑しくて仕方がありませんでしたが、父は至って本気でした。
結局、親が同伴であればインベーダーゲームも喫茶店への出入りもOKということで交渉がまとまり、私は釈放されたのですが、問題はその後でした。

「学校の規則を破ってまでやっていたんだから、それほどやりたいってことなんだな!それなら好きなだけやらせてやる!」

何事に対しても極端な考え方をする人だったので、ちょっと嫌な予感はしましたが、好きなゲームを存分にできるなら、こんな嬉しいことはない!とそのまま父といつもの喫茶店へ行ったのでした。

父は喫茶店の店主に何枚かの札を渡し、その全てを50円玉にするよう頼みました。当時、その喫茶店ではワンゲーム50円だったのです。

テーブルの端に10枚ずつ積み重ねられた50円玉が、ずらりと横に並んだ光景は今も忘れることが出来ません。

「この金を使い切るまでやり続けろ!」

そう言われ、大喜びでUFOを撃ち落とし始めた私ですが、楽しかったのは最初だけ。何時間かやり続けるうちに段々と疲れてきました。
父はといえば、新聞を読んだり「おまえ、口の割にはヘタクソだなぁ。。」などと時折茶化したりしながらも、何時間も向かいの席に座っていました。

目の前に並んだ50円玉の山はなかなか減りません。一体いくら両替したんだよ⁉︎ と、いまいましい気持ちにもなってきました。

もうインベーダーなど見たくもない。
あれほどやりたくてたまらなかったゲームなのに、だんだんとゲームをすることが苦痛になってきたのです。

「もう、いいです。やめます」
とうとう私はギブアップ。50円玉はまだ数え切れないほど残っていました。

「もう終わりか?その程度で飽きるような事ならモノにはならないから、もうやるな」

父は少しつまらなそうに言ったものです。その時、自分でも何故あんなにゲームに夢中になっていたんだろう?と思ったものです。

私にゲームをやめさせるための策略だったのか、プロゲーマーの素質でもあるのかと見極めようとしたのか、その思惑はいかなるものであったか、父亡き今となってはわかりません。

あれ以来、私がゲームに夢中なることはなくなりました。
時代が変わり、スマホで面白いゲームが山ほどあるのがわかっていても、課金してまで夢中になることはありません。
いいのか、悪いのか、あの一件が私にゲームなんて取るに足らないものだという意識を植え付けたのは間違いないようです。

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