専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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結婚と仕事、似て非なるもの。ある女達の呟きに思う女の結婚と仕事。

「もはや、私を望んでくれる男性などいないんだわ ‼︎ 女としての価値はもうないんだわ。。。」

知人である30代(後半)女性の婚活話を聞いていて、ふと「結婚」と「仕事」って似ている。。。と、思いました。
というのも、最近職探しをしているアラフィフ友達が、この婚活女性と同じような事を口にしていたからです。

「もはや、私は誰からも必要とされていないのよ。自分が誰からも選ばれない価値のない人間に思えてきたわ」と。

50を過ぎて一念発起、働きたいと思って求職活動をしたものの、希望の職にはことごとく振り落とされた挙句に出た言葉です。

一方の30代女性も、お見合いパーティーや合コンなど、あらゆる出会いの場所に顔を出したものの全く成果なし。これぞという人とお知り合いになっても、相手の男性はいつも別の若い娘を選ぶと言います。
20代の時は特別な努力をしなくても誘ってくる男の人は少なからずいたという彼女、それがいつの間にか声がかからなくなった。運良く誘われることがあっても、とても結婚を考えられるような相手ではないと言います。
これぞ!と思ってこちらから求めても、先方はこちらに眼中なしというのは、三十路を過ぎた女の婚活も中年女の求職活動も同じということです。



売り時を逃すと。。。
やはり人というのは売り時というのがあるのでしょうか。
一番旬で脂ののったおいしい時期。それはつまり二十代、一般的にはそういうことになるのでしょう。
確かに若い女の子とは眩しいものです。肌も髪もツヤツヤで、体だってダボダボした贅肉なんて付いていません。胸もお尻も張っていて、ステキなドレスを着ても映えます。
それが歳をとればそれだけ劣化していくのです。物でもなんでもそうですが、長く使えば使うほど、劣化は進みます。使い込むと味が出るなどと言いますが、そういった高級アンティーク化は、人間にとっては極々稀なケースなのです。
若いときは気づきもしなかったそんな事が、50を過ぎる歳ともなれば嫌というほど実感されるものです。

一方で仕事ではどうかというと、若すぎると経験のない未熟者扱いをされたりすることもありますが、少なくとも「この人間を育てよう」と希望を持ってもらえることはあります。つまりチャンスはあるということです。
しかし歳をとっていると、使いづらいとか、ブランクありきでは使い物にならん!と、まさに時代錯誤なボケ老人扱い。。。
いずれにしても、年齢なんてただの数字じゃないの!と声を上げたところで、大概は無駄に終わるものなのです。
恋愛もおバカ加減だとか不器用さなどは、若さという一言で「可愛い」なんて勘違いを引き起こすこともできますが、30も過ぎればバカはバカとして認知されるのみなのです。
この「可愛い」と勘違いしてくれるうちが、まさに売り時なのかもしれません。

婚活と求職。。。
しかし、人は結婚や仕事を目的として、その人生を生きているわけではありません。
ここのとこ、錯覚してしまいがちなんですが、よい学歴をもって仕事をバリバリこなし、またよい結婚をすることこそ幸せなのだと思わせるような空気があるため、思わずそこがゴールか?と勘違いしてしまう人が多くいるのです。
いいえ、勘違いではなく結婚こそが最終ゴール!と本気で考えている人もいるでしょうが、ほとんどの人にとっては人生における選択の一つといっていいでしょう。
結婚も仕事も充実したプライベートな時間も、何でもかんでも全て欲しいと思い、多少の妥協はあれど、そのあらゆるところで満たされた結果が幸せだというのが、多くの人が本当に望む形なのではないでしょうか。
そんな人にとっては、いくらいい結婚をしたところで、仕事をやめブランクを持ったせいで自分の求める仕事を再び得ることができない、などとあっては幸せな人生を生きるという目的を達成した事にはなりません。
そして逆のケースでは自分のキャリアを確固としたものとするため、結婚を先送りした結果、結婚が難しくなったなどということも起こってきます。これもまた完全なる幸せを得たことになりません。

しかし、そのように100点満点の幸せを求めようとすると、人生そんなに都合よくいくものではないわ!と、どちらも欲しがる人間は欲張り、我儘と言われます。
子供を預けて働けば、まるで子育てを放棄しているように言われます。子供がかわいそう。。。と。
仕事をせずに家庭を守っている人間は怠け者の寄生虫扱いです。

一体どうすれば世間様は満足するのでしょう?
そもそも他人がどこで何をしていようが、自分が直接迷惑を被っているわけでもないなら、関係はないはずです。
それを人は自分の立ち位置、物差しで善悪を判断し、その価値観に合わない生き方をする人を凶弾するのです。
50%の幸せで満足の人もいれば、100%でなければ嫌よ!という人もいます。それを他人がとやかく言うのは余計なお節介というものです。
自分の人生は、自分の好きなように生きればいいのです。外野の声に惑わされることほど馬鹿らしいことはありません。

件の婚活女性は「この歳まで1人でいたからこそ、妥協はしたくない」といいます。
これ、最もです。人生の伴侶を選ぶのに妥協などする必要はありません。
心から愛する、尊敬することのできない人と結婚するくらいなら、1人でいた方がずっと幸せです。
妥協して結婚した相手のパンツを何十年も洗濯し続けるなど拷問に等しいものです。
「選り好みしてるから縁が遠のくのよ!」などと言われると言いますが、それもまた余計なお世話です。

仕事だって、いやいや我慢しながらはしたくありません。本人が「お金のため!」と完全に割り切れば別ですが、もしもそこにやり甲斐や承認欲求を満たそうという思いがあるなら、本当にやりたい仕事をするべきなのです。

とはいえ現実に目を向けると、やはり今の日本では女性が結婚も子供も仕事も100%満足に得たいというのは難しいものです。
そんな中、さらに年齢というハードルを越えるのは容易な事ではありません。

幾つになっても、人が幸せになりたい!と願う気持ちは変わりません。しかし、残念なことに歳をとると結婚も就職も難しくなる一方です。
そういう意味で、この二つは似ているなと思ったものですが、よくよく考えるとやはり少し違います。

初めての結婚は例え70、80歳になってもできるけれど、仕事は無理です。不可能ではないけれど、その歳まで現役で働いている人は、なんらかのスペシャリストか自営業の人くらいです。それ以外は稀有な才能の持ち主か、有力なコネクションを持っているか、とにかく特別な人で、ごくごく普通に雇用されるのは、まず無理な話です。

昔、まだ私が20代の頃、会社にいたお局様が「子供を諦めた時に、結婚を焦らなくなった」と言っていたのを思い出します。
何歳になっても、ご縁があれば結婚をするチャンスはあるからね!と。
本当にその通りです。
しかし仕事はどうかといえば、そうはいきません。
歳をとればとるほどに、可能性がゼロに近づいていくのです。

「結婚」と「仕事」は似ていると思いましたが、似て非なるものだったというわけです。