専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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「もう一生ゲームはやりたくない」と思うほどインベーダーゲームをやらされた話。

今週のお題「ゲームの思い出」

昭和の人間にとってゲームといえば、『インベーダーゲーム』です。
ただ上にいるUFOを撃ち落とすだけのゲームですが、じわじわと侵略してくる敵の攻撃をかわしながらちょこまかと動かなければならず、まだ中学生だった私にとってはなかなか難易度が高いゲームでした。
このゲームに夢中になっていたのは私だけではありません。それこそクラス中の誰もが毎日のように、学校が終わると猛スピードでゲーセンへ走ったものです。

あまりに熱が入りすぎ、夜遅くまでゲーセンに入り浸る輩がでたせいか、ある日学校から「インベーダー禁止令」が発動されてしまいました。
しかし、思春期の真っ盛りの私達は大人の言うことなど聞こうとはしません。
禁止令を無視してゲーセンへ行った友人達は次々と見回りの教師に捕まり、親共々お説教をされ、以後ゲーセンには足を踏み入れないとの約束をされたのでした。
そんな中、私は捕まることもなく一人インベーダーを楽しんでいました。
何故ならば、ゲーセンではなく場所を喫茶店に移していたからです。
教師達もまさか中学生の女子が一人で喫茶店でゲームなどに興じているとは思わなかったのでしょう。完全なるノーマークでした。

しかし、そんな楽しい日々も束の間、私は友人のタレこみによって確保されました。
ゲーセンで遊ぶよりも、喫茶店に一人出入りしていたことの方が罪は重いと見なされ、夜の教室でお説教をされることになりました。

教師から連絡を受けて学校へ来た父は、事情を聞いた後に「なぜゲームをしてはダメなのか?」「どこでならいいのか?」「どんな遊びならいいのか?」など、教師にあれこれ質問をし、学校の規則に触れない遊び方を考えようではないか!と、教師達の思惑とはまったく逆方向に暴走したのでした。こうなるともうお説教どころではありません。
私は可笑しくて仕方がありませんでしたが、父は至って本気でした。
結局、親が同伴であればインベーダーゲームも喫茶店への出入りもOKということで交渉がまとまり、私は釈放されたのですが、問題はその後でした。

「学校の規則を破ってまでやっていたんだから、それほどやりたいってことなんだな!それなら好きなだけやらせてやる!」

何事に対しても極端な考え方をする人だったので、ちょっと嫌な予感はしましたが、好きなゲームを存分にできるなら、こんな嬉しいことはない!とそのまま父といつもの喫茶店へ行ったのでした。

父は喫茶店の店主に何枚かの札を渡し、その全てを50円玉にするよう頼みました。当時、その喫茶店ではワンゲーム50円だったのです。

テーブルの端に10枚ずつ積み重ねられた50円玉が、ずらりと横に並んだ光景は今も忘れることが出来ません。

「この金を使い切るまでやり続けろ!」

そう言われ、大喜びでUFOを撃ち落とし始めた私ですが、楽しかったのは最初だけ。何時間かやり続けるうちに段々と疲れてきました。
父はといえば、新聞を読んだり「おまえ、口の割にはヘタクソだなぁ。。」などと時折茶化したりしながらも、何時間も向かいの席に座っていました。

目の前に並んだ50円玉の山はなかなか減りません。一体いくら両替したんだよ⁉︎ と、いまいましい気持ちにもなってきました。

もうインベーダーなど見たくもない。
あれほどやりたくてたまらなかったゲームなのに、だんだんとゲームをすることが苦痛になってきたのです。

「もう、いいです。やめます」
とうとう私はギブアップ。50円玉はまだ数え切れないほど残っていました。

「もう終わりか?その程度で飽きるような事ならモノにはならないから、もうやるな」

父は少しつまらなそうに言ったものです。その時、自分でも何故あんなにゲームに夢中になっていたんだろう?と思ったものです。

私にゲームをやめさせるための策略だったのか、プロゲーマーの素質でもあるのかと見極めようとしたのか、その思惑はいかなるものであったか、父亡き今となってはわかりません。

あれ以来、私がゲームに夢中なることはなくなりました。
時代が変わり、スマホで面白いゲームが山ほどあるのがわかっていても、課金してまで夢中になることはありません。
いいのか、悪いのか、あの一件が私にゲームなんて取るに足らないものだという意識を植え付けたのは間違いないようです。