専業主婦という生き物

美味しいもの、美容、国際結婚、噂話、専業主婦についてなどを思いつくまま綴るブログ。

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成人した学生は大人なのか子供なのか?経済的負担を親はどこまで負うべきなのか?出ない答え。。。

先日のとある週末、来年成人を迎える大学生の娘が、遊びに行くためのお金を下さいとやってきました。

いつものように、何のためにいくら必要かプレゼンを始める娘。

「大学の先輩と会うので、ランチ代とお茶代、交通費、あとはもしも美味しそうなものを見つけた時にマミーにお土産を買えるように、5000円お願いします!」

最後の「マミーに美味しそうなお土産」という一言が功を成し、娘は私から無事にお金を引き出すことに成功しました。

さて、問題はその後です。
一連のやりとりを見ていた外国人夫が、娘が出かけた後に私に抗議してきたのです。



「何故彼女にお小遣いをあげる?もう学費以外は出すべきではない!」

確かにそう出来ればいいでしょう。私も実際に彼女が大学生になる前は、遊ぶお金やスマホ代くらいは自己負担させようと思っていました。
しかし実際に大学へ通い始めると、これがなかなか忙しいのです。
我が家の娘はサークル活動などは一切していませんが、それでも毎日朝から夕方まで講義や部活があり、帰宅も日が暮れてからです。
そんな状態でバイトなどしたら、遊ぶ時間もゆっくり休む暇もありません。ほとんど家族とは顔を合わせない生活になるでしょう。
そんな余裕のない生活を送るくらいなら、せめて講義の多い1、2年のうちは親負担でも構わないと思ったのです。

しかし外国人夫は聞く耳を持ちません。

「どんなに大変でも自分の遊ぶお金くらいは自分で作らせるべきだ!みんなそうやっているではないか!」

もっともです。。。皆んなが出来て我が娘だけが出来ないというのは理屈が通りません。
しかし、皆んながしているからといって同じにしなければいけないという理由もありません。

「学生のうちは勉強や遊びを一生懸命にやって欲しくない?お金儲けなんて卒業してからでいいと思うけど?」

実際に私は学生時代、親からお小遣いを貰ってバイトとは無縁に過ごしてきた身なので、それもありだと思っていましたが、夫はまるで逆の学生生活を送っていたそうです。

「私は高校生の時からすでにバイトをしていたよ。親から一銭も遊ぶお金なんてもらっていなかった!」

そう豪語します。

「もう来年は彼女も成人なのだから、大人と同じ扱いをすべきだ!」

いかにも生真面目な外国人夫の考えです。20歳になれば、誰もが大人になれると思っているようです。

誰もかれもが同じ生活をしてるわけではないのですから、成人云々は関係ないと思うのです。18歳ですでに働いている子供もいます。もっと早い子では義務教育を終えた16歳で働き始める子さえいるのです。
逆に20歳を超えても経済的な自立ができない子がいてもおかしくはありません。

しかし、私のそんな理屈は通りません。

「私の稼いだお金を遊びに遣うのは許せない!」

出ました!「私の稼いだお金!」。

我が家の外国人夫は、稼いできたお金を私がどう遣おうが文句を言いません。お好きにどうぞといった感じなのですが、子供に対してはそうではないのです。

何かあるごとに「私の稼いだお金!」「私が家賃を払っている家」「私の稼ぎで食べられている」と、そんなことをよく言うのです。

私は正直そんなことを言う男が嫌いです。家族、しかも自分が望んで得た子供に対してお金を遣えないなどという小ささがとても嫌いです。
しかし、実際にそのお金は外国人夫が働いて稼いできたお金です。使い道に口出しするのは納得できます。

「わかりました。では、彼女にはそう言います。その際、彼女がどんなバイトを選択しても構わないという事でいいですね?」

「どんなバイトでもって?」

外国人夫の中では、カフェやアイスクリームショップで可愛い格好をした娘がバイトをする姿しか想像できないようです。

「どんなって、あの子が普通のバイトなんてすると思う?」

そこで考えこむ外国人夫。。。
さすがに自分の娘の性格は熟知しているようです。
これまでもその運の良さから、いつも苦労する事なく欲しいものを手にしてきた娘です。学校に通いながら、夜遅くまできついアルバイトをしようなどと考えるわけがありません。



実際の年齢よりも大人に見られる娘は、大学生になってからというもの、街を歩いているとラウンジと呼ばれるようなお店の人から声をかけられることが多く、いつもそんなお店の名刺を持ち帰ってきます。
大学の先輩にもそんな店でバイトをし、月に軽く何十万ものお小遣いを手にしているなどという話もよくしています。

時給1,000円と8,000円、同じ1時間であるなら、ましてやお金を目的としてのバイトなら、私でも正直なところ迷います。。。

我々の若い頃は水商売といえば敷居が高かったものですが、今時の若者にとってはそれほど深刻なことでもないようで、それこそ娘曰く「誰でもやっているわよ」という認識です。

しかし日頃、子供達の様子には目を向けず、仕事と自分の遊びにかまけている夫は、娘がもはや小さな子供ではないことに心が追いついていないのです。

「普通じゃないって、どんなバイトだ?」

怪訝な顔で尋ねる夫に「夜の仕事。水商売」と答えると、また鬼の形相です(笑)

「あなたは自分の娘が学生のうちからそういう仕事をしてもいいのですか⁉︎ 彼女はまだまだ子供だ!」

烈火のごとく怒りを炸裂させる外国人夫。。。

「だって、子供ではないからお小遣いは必要ないのでしょ?大人として扱うなら、どんな仕事を選択しようが口出しはできないんじゃない?」

これは私の本心です。
私はまだ自立していない子供だと思っているからこそお小遣いを渡していましたが、大人扱いをせよ!と言うのなら、娘が何をしてお金を稼ごうが、合法であれば口出しはしたくないと思っています。
親の都合で子供扱いしたり大人扱いしたりということに矛盾を感じるのです。

外国人夫からすると、どうやら私は常識から外れているらしいのです。
母親として冷たい。子供を突き放し過ぎだと。
しかし、私は自分が若い頃、「なぜ大人は自分の都合で私を子供にしたり大人にしたりするのだろう?」
そう思ったことが多くありました。
だからこそ、それを自分の子供にはしたくないのです。

こんなことに限らず、私は自分が大人に対して「それはおかしいよ」と思っていたことは忘れていません。そして、子供にそんな思いの押し付けは絶対したくないと思ってきました。

自分の歳若き娘が夜の仕事をするというのは、さすがに親としては喜べることではありません。
それでも、もし本人がそれをすると言うのなら、「自立せよ!」と言う手前、また反対もしたくないという気持ちです。
大人扱いするなら、選択する権利もあって然るべきであると思うからです。

「普通の母親なら、そこをちゃんと説得するものなんじゃないのか!」

外国人夫はそう言いますが、私から言わせれば、夫のそれは説得ではなくコントロールです。
母親として冷たいのかも知れませんが、子供達も近い将来自立していくのです。いやでも自分の生き方は自分で決めていくことになるのです。

自分で考えて判断し、実行する力がなければ絶対に幸せになどなれません。たとえ親からでも人にコントロールされた人生を生きていては、転んだ時のダメージも大きくなります。
だからこそ、自分自身で正しい判断ができるよう、子供のうちにあれこれと知恵を授けてきたのです。
私は娘に教えられることは教えたと思っています。たとえどんな仕事をしようが、決して間違った方向へは行かないと信じています。
だからこそ、安心して娘に選択する権利を与えてあげたいと思っているのです。



よく情報番組などで教育評論家の先生方がこうすればいい、それはダメなど色々なことを言っていますが、子供全てが同じ性質を持っているわけではありません。
参考になる人も中にはいるかとも思いますが、私のような天邪鬼な母親にとっては、同意できないことばかりです。
自分の子供のことは産んで育てた自分が一番よくわかっています。
もちろん謎の部分もあります(笑)
自分の子供とはいえ、別の人格を持った1人の人間なので、全てが分かるわけではないのですが、それでも他人よりはずっと理解も信頼も深いものです。

たとえ周りの人が「成人したのだからもう大人だ」と判断しても、それが必ずしも我が子に当てはまるわけではありません。

もちろん法令遵守など、成人したらこれまで以上に意識して行動しなければいけないことはあります。
何か問題を起こした際には、自分で責任を負わなければなりません。
そういった点では学生といえども「大人扱い」ということになりますが、家族の生活という基準で考えた時、果たして大人であるのか、子供であるのか、判断は非常に難しいものです。

周りを見渡せば、結婚をして子供を持っても、なお親からの援助で家を持ったり子供の教育費を負担してもらっている人は吐いて捨てるほどいます。
それ自体が外国人である夫にとっては「あり得ない」事らしいですが、つまり何歳になっても親の庇護の下で生活をしている人もいるというのが現実です。

そう考えると、親だからといって子供に対して「自立!自立!」というのもおかしなものです。

今回の件では、どんなに話し合っても結局私と外国人夫の意見が相入れることはありませんでした。

最後は面倒くさくなった私。

「それなら、あなたのお金ではなく、私のお金からお小遣いを出しますので。。。」

「そういう問題じゃなーい!」

外国人夫、更に激昂です。。。

さて、そんなやり取りを後で娘に伝えたところ「ふ〜ん」と、大した問題でもないといった反応です。

「別に無理ならお小遣いいらないよ。お金が必要な時だけ、割りのいいバイトでもするから大丈夫よ!」

だそうです。。。思った通りです。

私としては遊ぶお金のためのバイトとサークル活動ばかりに夢中になっていられるよりは、きちんと学校へ通い、自分の好きな事を夢中でやって、時々家族一緒にご飯でも食べられればいいかなと思うのです。そのために多少のお小遣いくらいは出してあげてもいいのでは?という考えですが、やはり甘すぎるのでしょうか。。。



若いうちの苦労は買ってでもしろ!などとよく言いますが、苦労などというものは望まなくてもいつかあちらからくるものです。その時に困難を乗り越えればいいだけで、わざわざ自ら険しい道を選ぶ必要もないと思っています。

実際に私は親の元にいるころは苦労知らずでしたが、その後には色々ありました。
特に外国人夫と結婚してからは、沢山の苦労を経験しました。それでも今は普通に何不自由なく暮らせているのですから、しなくていい苦労などする必要はないと確信しています。

タイトルの『成人した学生は大人なのか、子供なのか?』ですが、私にはいまだによくわかりません。
どうすることが正しいのか、どうすることが一番子供のためになるのか。。。

自分が親からそうしてもらったように、嫁に出すまでは甘やかしてあげたいと思っている私。それとは逆に苦労させて力をつけさせろという夫。
お互いに子供のことを一番に考えているのに、全く正反対の意見です。。。

「すべてとは言わないまでも、少しは自分で自分の面倒を見ることを学ばせるために、せめてスマホ代くらいは。。。」

外国人夫も多少は妥協してきましたが、まだこの問題は解決していません。

子育てとは本当に難しいものです。
小さな頃は手がかかって大変ですが、手がかからなくなったからといってそれで終わりではありません。
大きくなったらなったで、また別の問題が次々と出てくるのですから。

答えのない子育てに向かい合う時、結局のところ自分がどう育てられたのか、そして自分が経験し学んできたことを道標にするしかないのかもしれないと思ったのでした。。。