専業主婦という生き物

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ら抜き言葉について。もはや「ら」は無用の長物か?言葉に対する柔軟性が必要だと思った件。

唐突ですが、、、
大した意味はないのだけれど、どうにも心に引っかかって仕方ないということがあります。

私にとってその一つが、可能表現で用いられる助動詞「ら」を抜いた言葉についてです。
もうずいぶん前から気になっていることではありますが、改めてその言葉と出会うと強い違和感を覚えます。

食べられる→食べれる

見られる→見れる

出られる→出れる

こんな具合にです。

若い人が「ら抜き」を当たり前のように使用しているのは私もわかります。我が家の子供達も頻繁に「ら」を抜くので、その度に私は訂正していますので。

若い人はそんなものかと思うのですが、これが自分と同年輩の人となるとまた話は違ってきます。

ひょっとして、自分が取り残されているだけで、一般的な社会の中ではもはや「ら」は存在しなくなっているのではないかしら?と。。。







今日もお友達とのランチの席で、ふとした会話の流れから、「ら抜き」の話題になりました。

「ら抜き言葉って、どうも耳に引っかかって仕方ないのよ」

私の言葉に「そう?そんなの、どっちでもいいじゃない」とお友達はみんな気にしてはいない様子。

そうなのです。そんなことは気にするようなことではないのです。わかっていますがどうも引っかかってしまうのだから仕方ありません。

私の周りのお友達の中に「ら」を抜いて話をする人はいません。みんな同じような年齢なので、「ら」はあって当たり前という認識です。
だからこそ、時折出会うその言葉が気になるのです。

紙媒体ではほとんどないのですが、最近はネットなどで記事やブログなどを読んでいると、かなりの確率で「ら抜き言葉」に出会います。
書き手の年齢などがわからないので、なんともいえないところですが、これほどまでに当たり前に使用されていると、ますます気になってきます。

これは時代性によるものか?

地域性によるものか?

年齢によるものか?

ひょっとして、いまは「ら」を入れること自体が間違いなのか?

ちょっとググってみたところ、いまだに正しい使い方としては「ら」を入れるもののようです。

しかし、私はそれが正しいか正しくないかを問いたいのではありません。世の中の流れでは、一体どうなっているのだろう?ということが気になったのです。

子供の頃から「ら」はあって当たり前と話し、聞き、書いたり読んだりしてきた身としては、今更「ら」は必要ありませんと言われても混乱するばかり。

とりわけこんな風に人の目に触れる形でブログなどを書いていると、余計にどちらを使用するべきか、真剣に考えてしまいます。







文化庁が毎年行なっている国語の世論調査では、既に5年近く前に「ら抜き言葉」を使用する人が過半数を占めるとの結果が出たそうです。しかも、若者だけを対象としたものではなく、全年代においての結果だといいますから、びっくりしたと同時に、やはりそうなのね。。。とも思いました。

言葉も生き物のようなもので、時代と共に変化していくものです。
子供達と話していると、私の知らない言葉がよく出てきたりします。それらは造語のようなもので決して日本語としては正しくないのかもしれませんが、実際にそれらの言葉が普通に使用されているのなら、理解するべきなのかなと思います。

もしかしたら、あと20年もすれば「ら」は完全に消えるかもしれません。。。

これまで使ってきた言葉をいきなり変えるのはなかなか難しいことなので、今のところ「ら抜き言葉」を使用することは今後もないと思っていますが、少なくとも「そんな使い方もあるのね」と、柔軟性くらいは持ちたいものだと思った次第。